恩人
- 2017/01/28
- 13:39
つい先日、人生の恩人に会った。
とは言っても、こちらが一方的に感謝しているだけだったので、向こうからしたら俺がどれだけの存在なのかは知らない。
彼女の年齢を訊いた事は無いのだけど、おそらく70歳にはいっているのではないか。恩人に年齢なんか関係ないけど。
どうお世話になったかをつまびらかに語りたいところだけど、身元の特定など変に迷惑をかけるのも本意ではないので省いておく。
まあ、これだけクソ生意気な俺が感謝しているくらいなのだから聖人クラスだと思っていただいても差し支えない。
この日は彼女の勤務先を訪問したので、もしかしたら会えるのではないかと期待していた。
会えたら挨拶の一つでもしたい一方、もう一方では俺の事なんか憶えていないのではないかという懸念もあった。
そんな中、神が俺をからかう遊びでも始めたのか、何の前触れもなくご本人が目の前を歩いて行った。どうもこれからお仕事らしい。
先程の恐れもあり、また仕事を邪魔したら悪いというのもあり、心の中で「頑張って」と言い、すれ違った。
いや、変に正当化するのもやめよう。俺は忘れられてしまうのが恐かっただけなのだ。
それでも、また会えただけでいい。
あなたには感謝している。
それだけを今日までにこの胸へと刻んでいられただけでいくらか幸せだった。
ふいに「ねえ」という声が聞こえて振り返った。目の前には彼女がいた。
「……やっぱり。私の事を憶えている?」
「……もちろん、忘れるはずなどありません」
彼女は俺の事を憶えていた。
仕事柄、かなりたくさんの人を相手にしているはずだが、その中から確かに俺を憶えていてくれたのだ。
「また会えて本当に嬉しい。本当に、よ」
「私も嬉しいです。どこかで神様が引き合わせてくれたのかもしれませんね」
まさかの神様登場。
ギャグみたいだが、実際にこんな場面になると本当にそんなセリフがスラスラと出てくるものだ。
言わないし、言えないけれど、多分俺の方があなたの千倍嬉しいよ。きっと。だって、あなたがノーヒントで俺を見つけてくれたのだから。
彼女は仕事間近だったので、束の間の再会は短い挨拶のみで終わったが、70を過ぎた女性と再会してここまで嬉しいものかという驚きと、呆れと、胸を抜けるような爽やかさに、今までにない珍妙な幸福を味わった。
幸福と呼ぶにはちと奇妙な感情だが、やはりそう名付けるのが適切なように感じた。
小さな背中を見送り、廊下をまた歩き出す。世界は少しも変わらないけど、空は蒼かった。
忘れられているかもしれないという恐怖は、知らぬ間に蒼へ溶けて無くなっていた。
太陽が綺麗だった。空を見上げて、今日なら地球が割れても「いい日だった」と言える気がした。
とは言っても、こちらが一方的に感謝しているだけだったので、向こうからしたら俺がどれだけの存在なのかは知らない。
彼女の年齢を訊いた事は無いのだけど、おそらく70歳にはいっているのではないか。恩人に年齢なんか関係ないけど。
どうお世話になったかをつまびらかに語りたいところだけど、身元の特定など変に迷惑をかけるのも本意ではないので省いておく。
まあ、これだけクソ生意気な俺が感謝しているくらいなのだから聖人クラスだと思っていただいても差し支えない。
この日は彼女の勤務先を訪問したので、もしかしたら会えるのではないかと期待していた。
会えたら挨拶の一つでもしたい一方、もう一方では俺の事なんか憶えていないのではないかという懸念もあった。
そんな中、神が俺をからかう遊びでも始めたのか、何の前触れもなくご本人が目の前を歩いて行った。どうもこれからお仕事らしい。
先程の恐れもあり、また仕事を邪魔したら悪いというのもあり、心の中で「頑張って」と言い、すれ違った。
いや、変に正当化するのもやめよう。俺は忘れられてしまうのが恐かっただけなのだ。
それでも、また会えただけでいい。
あなたには感謝している。
それだけを今日までにこの胸へと刻んでいられただけでいくらか幸せだった。
ふいに「ねえ」という声が聞こえて振り返った。目の前には彼女がいた。
「……やっぱり。私の事を憶えている?」
「……もちろん、忘れるはずなどありません」
彼女は俺の事を憶えていた。
仕事柄、かなりたくさんの人を相手にしているはずだが、その中から確かに俺を憶えていてくれたのだ。
「また会えて本当に嬉しい。本当に、よ」
「私も嬉しいです。どこかで神様が引き合わせてくれたのかもしれませんね」
まさかの神様登場。
ギャグみたいだが、実際にこんな場面になると本当にそんなセリフがスラスラと出てくるものだ。
言わないし、言えないけれど、多分俺の方があなたの千倍嬉しいよ。きっと。だって、あなたがノーヒントで俺を見つけてくれたのだから。
彼女は仕事間近だったので、束の間の再会は短い挨拶のみで終わったが、70を過ぎた女性と再会してここまで嬉しいものかという驚きと、呆れと、胸を抜けるような爽やかさに、今までにない珍妙な幸福を味わった。
幸福と呼ぶにはちと奇妙な感情だが、やはりそう名付けるのが適切なように感じた。
小さな背中を見送り、廊下をまた歩き出す。世界は少しも変わらないけど、空は蒼かった。
忘れられているかもしれないという恐怖は、知らぬ間に蒼へ溶けて無くなっていた。
太陽が綺麗だった。空を見上げて、今日なら地球が割れても「いい日だった」と言える気がした。
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