このブログでもすっかりお馴染みである
牛野小雪氏の新作
「ターンワールド」を本日読了しました。全部で
30万字にも達するという(!)超大作ですが、読み終わるとあっという間だったという印象でした。
ストーリーをざっくり説明すると、主人公の大学生である
タクヤが就職戦争で何とか内定を勝ち取るも、会社が夜逃げ(?)で消失。天国から地獄へと一気に叩き落されます。
不運もあり、家族からの罵詈雑言に耐えられなくなったタクヤは家出をしてホームレスに。そこで青天井生活をしながら、ある意味たくましく育っていきます。ですが、ホームレス生活中にタクヤを探しに来た両親に発見され、そのまま家に連れ戻されてしまいます。
家に戻ったタクヤは、ホームレスの一人が故郷として話していた
「な~んもない」徳島県に惹かれ始めます。そして、これといった理由もなく、彼は徳島県に旅立つ事にしました。家にはもう戻らないという決意もしながら。
高速バスで大阪を経由して徳島へ辿り着いたはずのタクヤでしたが、着いた駅名はなんと
「すだち駅」になっていました。
驚いたタクヤでしたが、そういう駅名もあるかもしれいぐらいの気持ちでホテルに泊まります。そして、ホームレス時代から大事にしているゴミ袋からお金を取り出すと、
なんとお札に印刷してある人物が福沢諭吉から知らない人になっています。いよいよタクヤは何かがおかしいと気付き始めます。
それでもタクヤは翌日にバスの駅に行き、案内役の女性に「徳島県まで行きたいんですけど」と尋ねますが、案内役の人は徳島県の意味が分かりません。彼女から差し出された地図を見ると、
徳島県はすだち県になっていて、他にも香川県がうどん県、愛媛がかんきつるい県、高知がカツオ県となっており、要は東京と大阪以外の地名がタクヤの知っている世界とはまるで別物の名称になっているわけです。タクヤの故郷は
バナナ県に変わっていたので、ひとまずこの世界での自宅を目指してバスで戻るも、やはりそこにタクヤの家は残っていませんでした。
途方に暮れるタクヤは不気味なおばあさんに拾われて泊めてもらうも、夜になると布団にバアさんが知らぬ間に入って一緒に寝ていたという、ある意味呪怨を超えるホラー体験を経験しつつ(笑)再びホームレス生活へ。
そこで出会った老人のホームレスから雨野神社を巡る雨野巡りという修行(?)に出ます。理由は、他にやる事が無かったからです(笑)。
全国を廻るタクヤの命運はいかに。そして、道中で起こる出来事や出会い、そして別れ……。全てを通り抜けた先にあるのは、ある種の輪廻的なテーマというか、牛野小雪氏の作品に共通する主題があったのだと思います。
さて、ここからは個人的な感想です。
本著を読んで一番に感じたのは、氏の作品では
一番不思議な作品だという感覚でした。今までで最長の作品であったにも関わらず、リーダビリティーが高いのもありスラスラと読めるのですが、一般的なエンタメ小説で言う山はそんなに乱高下するものではないんですね。
どちらかというと、氏が私淑するという夏目漱石の作品のように、読中読後に漂う寂寥感というか、なんとも言えないもの悲しさみたいな要素が本作では際立っていたのだと思います。強いて読者が号泣する場面を挙げるなら重要キャラ(動物?)の喪失でしょうか。それでもタクヤ本人はサッパリしている部分があるというか、何か達観しているような部分があるのだと思いました。
ただ、読みながらよくよく考えていると、タクヤにとって悲しい事があってもあまり本人が動じていないというのは、
単に達観というよりは自分の心が壊れてしまそうなのを、感情を殺す事によってギリギリのバランスで保っているだけなんじゃないかという気もしてきました。その実、指で押したらバラバラに砕けてしまうくらい繊細な人だったのかもしれません。
作者と性格が似ているキャラだけに、氏がある日「理由なく」死を選んでしまわないか、ちょっと心配になりました(笑)。
読後に思い浮かべたのは氏の
「火星に行こう君の夢がそこにある」ですかね。この二つにはある種の共通点があって、自分のまるで知らない世界に行った(やや無気力な)主人公が、帰ってきたらほんの少し変わっているんです。それも当事者ぐらいしか分からない変化ではあるのですが、明らかに今までの彼とは違う人生を歩むであろう重大な変化を持ち帰って来るんですね。
この二作はある意味現代社会で徹底的に蹂躪されている若者に、「お前らまだやれるぞ」とか「お前らまだ変われるぞ!」と渇を入れる作品になるんじゃないかとすら思うのです。
私の作品の場合は「頑張る奴は頑張れ。ダメな奴はダメでもいい」みたいに、その分水嶺が露骨に別れていると思うのですが、牛野小雪氏の作品にはたとえ無気力な人でも、必死にならず徐々に自分を変えて、ひいては人生すら変えてしまうような不思議な叱咤激励的な要素があるのではないかと思います。
本作をちゃんと読んだは読んだのですが、まだ私の気付いていない仕掛けがあるんだろうなと思うと、しばらくしたらもう一度読んでみる必要もあるかもな、なんて思っています。
ヘタをするとメフィスト賞の作品よりも長い超大作(笑)、面白さは保証します。ある種KDPだからこそ出せた傑作を、ぜひご堪能下さい。
作品のダウンロードは
こちらから。
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