新作の断片
- 2022/11/03
- 16:27
――雁木マリオ。
ブラジル人の血を引く、生粋の喧嘩屋。気性が荒く、あちこちで喧嘩をおっぱじめては相手をノックアウトする事から、もの好きな友人にボクシングジムへと連れてこられた。
さすがに元喧嘩師とだけあり、雁木マリオは超攻撃型スタイルで対戦相手を次々とノックアウトしてきた。
だが、その一方で素行の悪さは治らず、歌舞伎町を飲み歩いてはその筋の人間とたびたび喧嘩沙汰を起こし、酷い時には黒塗りのベンツがジムまでやって来る事もあった。
それでも強かったのでジムはマリオの不祥事を隠蔽するしかなかった。素行がどうあれ、マリオの闘いは金になるエキサイトな試合ばかりだったからだ。
だが、甘やかされたホープは尊大さばかりをこじらせていく。交友関係にも、裏社会の人間の影がチラホラと見え始めた。その流れで覚えたのが薬の味だった。
試合前に薬物をキメてからリングに上がり、勝とうが負けようが観客席にダイブしたり、相手選手の応援団から幟を奪い取ると、奇声を上げながら試合会場を走り回るなどの奇行を繰り返した。
奇行に限らず感情のアップダウンが激しく、私生活では喧嘩やら度を超えたイタズラなどで周囲に迷惑をかけまくっていた。
――絶対にあの男は薬物をキメてからリングに上がっている。
誰もが疑いなくそう思っていたが、実際に警察が雁木の尿検査を行うと疑いようもない陽性反応が出た。
マリオは誰が見ても疑いようのない薬物中毒者だった。
薬物中毒が明らかになると、ジムは容赦なく雁木を切った。
服役の後、行き先の無くなった雁木マリオは当然のように裏社会の一員となった。明らかに頭脳労働が出来る構成員ではないので、裏カジノの非合法ボクシングで糊口を立てる事になる。
仕事は単純だった。同じリングにいる相手を徹底的に叩きのめすだけ。やる事は以前と大して変わらない。
そこでは覚醒剤だろうがヘロインだろうがキメ放題だった。誰一人としてマリオの暴力性も薬物依存も否定する事は無い。目の前にいる敵を滅多打ちにして倒せば賞賛してくれた。それだけでマリオの心は満たされた。
だが、薬物の常用者にありがちな副作用で、マリオはいつも不安定だった。
今まで味方だった人間も、己の止められない暴力性を肯定してくれた人間も、いつまでも味方でいてくれるわけではない。あいつらはいい時は近寄って来て、悪くなれば去って行く――いつかはきっと裏切られる。
拭えない恐怖。人間という生き物への嫌悪感。
マリオは常に孤独だった。孤独に包まれた心は冷え切っている。人の温かさを知っている人間はそう簡単には薬物に溺れたりはしない。薬物は寂しさを埋めてはくれなかったが、生きるつらさを忘れさせてくれた。
幼少期からの虐待や過酷過ぎる環境が、マリオの心を根底から歪ませてしまった。彼は誰よりも奔放なのに、誰よりも自由が無かった。
癒えない乾き。満たされない心は、歯止めのない暴力で自我を保つ事しか出来ない。
解脱症状。薬が切れると全身の血管を蟻が歩いているような不快感が襲う。誰かを殴らなければ、女を抱かなければこの疼きは止まらない。
ハイになったら、延々と走り続けないといけない。止まれば恐ろしいほどに死にたくなる。それが中毒者の運命。
――今度の相手は小幡ロキという。
オバターという芸名を持ち、動画配信で有名になったエリートのプロボクサー。そう聞かされただけで、虫唾が走るほど殺したくなった。
ブラジル人の血を引く、生粋の喧嘩屋。気性が荒く、あちこちで喧嘩をおっぱじめては相手をノックアウトする事から、もの好きな友人にボクシングジムへと連れてこられた。
さすがに元喧嘩師とだけあり、雁木マリオは超攻撃型スタイルで対戦相手を次々とノックアウトしてきた。
だが、その一方で素行の悪さは治らず、歌舞伎町を飲み歩いてはその筋の人間とたびたび喧嘩沙汰を起こし、酷い時には黒塗りのベンツがジムまでやって来る事もあった。
それでも強かったのでジムはマリオの不祥事を隠蔽するしかなかった。素行がどうあれ、マリオの闘いは金になるエキサイトな試合ばかりだったからだ。
だが、甘やかされたホープは尊大さばかりをこじらせていく。交友関係にも、裏社会の人間の影がチラホラと見え始めた。その流れで覚えたのが薬の味だった。
試合前に薬物をキメてからリングに上がり、勝とうが負けようが観客席にダイブしたり、相手選手の応援団から幟を奪い取ると、奇声を上げながら試合会場を走り回るなどの奇行を繰り返した。
奇行に限らず感情のアップダウンが激しく、私生活では喧嘩やら度を超えたイタズラなどで周囲に迷惑をかけまくっていた。
――絶対にあの男は薬物をキメてからリングに上がっている。
誰もが疑いなくそう思っていたが、実際に警察が雁木の尿検査を行うと疑いようもない陽性反応が出た。
マリオは誰が見ても疑いようのない薬物中毒者だった。
薬物中毒が明らかになると、ジムは容赦なく雁木を切った。
服役の後、行き先の無くなった雁木マリオは当然のように裏社会の一員となった。明らかに頭脳労働が出来る構成員ではないので、裏カジノの非合法ボクシングで糊口を立てる事になる。
仕事は単純だった。同じリングにいる相手を徹底的に叩きのめすだけ。やる事は以前と大して変わらない。
そこでは覚醒剤だろうがヘロインだろうがキメ放題だった。誰一人としてマリオの暴力性も薬物依存も否定する事は無い。目の前にいる敵を滅多打ちにして倒せば賞賛してくれた。それだけでマリオの心は満たされた。
だが、薬物の常用者にありがちな副作用で、マリオはいつも不安定だった。
今まで味方だった人間も、己の止められない暴力性を肯定してくれた人間も、いつまでも味方でいてくれるわけではない。あいつらはいい時は近寄って来て、悪くなれば去って行く――いつかはきっと裏切られる。
拭えない恐怖。人間という生き物への嫌悪感。
マリオは常に孤独だった。孤独に包まれた心は冷え切っている。人の温かさを知っている人間はそう簡単には薬物に溺れたりはしない。薬物は寂しさを埋めてはくれなかったが、生きるつらさを忘れさせてくれた。
幼少期からの虐待や過酷過ぎる環境が、マリオの心を根底から歪ませてしまった。彼は誰よりも奔放なのに、誰よりも自由が無かった。
癒えない乾き。満たされない心は、歯止めのない暴力で自我を保つ事しか出来ない。
解脱症状。薬が切れると全身の血管を蟻が歩いているような不快感が襲う。誰かを殴らなければ、女を抱かなければこの疼きは止まらない。
ハイになったら、延々と走り続けないといけない。止まれば恐ろしいほどに死にたくなる。それが中毒者の運命。
――今度の相手は小幡ロキという。
オバターという芸名を持ち、動画配信で有名になったエリートのプロボクサー。そう聞かされただけで、虫唾が走るほど殺したくなった。
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