新作の断片
- 2022/10/25
- 16:12
――動画が終わる。
「どう?」
上原舞の顔に、期待に満ちた笑顔が溢れている。整形なのは有名な話だが、それさえ気にしなければ天使に見えた。
「こりゃすごいな。どんな選手が出てくるのか」
小幡は舞が何を言いたいのか八割ぐらい理解していたが、あえて話題を逸らした。
「う~ん、私が聞きたいのはそんな言葉じゃないんだけどな~」
「君は世界で一番かわいい」
棒読み。嫌な予感がプンプンする。そこには近付きたくない。
「それは嬉しいけど、本当はもう分かっているんでしょ?」
「何が」
「私に言わせるか。まあいい。ロキ君、この試合に出ない?」
「……」
小幡は言葉をつぐんで、脳内で高速の計算を始めた。
五條は小幡と同じ階級だった。もし世界チャンピオンになるのであれば、避けては通れない相手のはずだった。
だが、五條は素行の悪さから自爆で戦線を去って行った。自業自得とは言え、五條を倒さずに上位戦線へ行き、日本王者となったとしても国内最強と誰もが認める男になれるかは分からない。
小幡はまだ4回戦ボーイのくせに、身の丈に合わない計算をしはじめた。だが、動画配信で下手な日本王者よりも有名になった事実は、自分がいかに愚かな計算をしているのかを忘れさせてしまう。
当たり前だが、全世界に自分のメッセージを発信して有名になるという事は、全世界に認められるほどの実力を持っているという意味ではない。単に有名になっただけの話だ。
とはいえ、本業のボクシングで追放処分となった五條と、後楽園ホールのリングで闘う事はもう出来ない。五條と闘うには、うさんくさい興行でもスパーリング名目の大会に出るしかない。
小幡の脳内コンピューターが計算をはじき出す――これは「おいしい」。
「いいよ」
そう言いながら、小幡はすでに五條と闘うプランを考えていた。
小幡は腐っても幼少期からボクシングに親しんで来たエリートだ。それに対して、五條は喧嘩で培った異質な経験値をもとにひりつくような空気を発しながら他者を圧倒し、規模の違う暴力で相手を叩き潰して来た。
昨今プロと喧嘩自慢がスパーリングをする動画が増えてきたのもあり、五條には荒くれ者達に幻想を持たせる選手になる可能性が高い。そうなれば、どちらかと言うと野次馬根性で会場へと足を運ぶ観客が多数いるはずだ。黒須にはそういった野次馬を集めるカリスマ性がある。他力本願で最低な考えだが、小幡は黒須の船に乗る事にした。
「ありがとう」
舞は謎のお礼を言うと、小幡の顔を引き寄せてキスをした。甘い香り。今にも水着から零れ落ちそうな巨乳に顔をうずめたくなる。
「じゃあ、話は私の方から伝えておくね」
紐で守られただけの尻を見せながら、舞はその場を後にしていった。
どこからともなく男が現れ、バスタオルを細い身体にかぶせる。サングラスをしたスーツの男。服の上からも、屈強な肉体を持っているのがはっきりと分かった。
舞はサングラスの男に何かを言い、振り返ってこちらへ手を振った。天使のような笑顔。だが、それは色々と作り物。
「……もしかして、俺は騙されたのかな?」
小幡がひとりごちる。
舞の唇。束の間に得た柔らかい感触を、小幡は一人思い出そうとしていた。
「どう?」
上原舞の顔に、期待に満ちた笑顔が溢れている。整形なのは有名な話だが、それさえ気にしなければ天使に見えた。
「こりゃすごいな。どんな選手が出てくるのか」
小幡は舞が何を言いたいのか八割ぐらい理解していたが、あえて話題を逸らした。
「う~ん、私が聞きたいのはそんな言葉じゃないんだけどな~」
「君は世界で一番かわいい」
棒読み。嫌な予感がプンプンする。そこには近付きたくない。
「それは嬉しいけど、本当はもう分かっているんでしょ?」
「何が」
「私に言わせるか。まあいい。ロキ君、この試合に出ない?」
「……」
小幡は言葉をつぐんで、脳内で高速の計算を始めた。
五條は小幡と同じ階級だった。もし世界チャンピオンになるのであれば、避けては通れない相手のはずだった。
だが、五條は素行の悪さから自爆で戦線を去って行った。自業自得とは言え、五條を倒さずに上位戦線へ行き、日本王者となったとしても国内最強と誰もが認める男になれるかは分からない。
小幡はまだ4回戦ボーイのくせに、身の丈に合わない計算をしはじめた。だが、動画配信で下手な日本王者よりも有名になった事実は、自分がいかに愚かな計算をしているのかを忘れさせてしまう。
当たり前だが、全世界に自分のメッセージを発信して有名になるという事は、全世界に認められるほどの実力を持っているという意味ではない。単に有名になっただけの話だ。
とはいえ、本業のボクシングで追放処分となった五條と、後楽園ホールのリングで闘う事はもう出来ない。五條と闘うには、うさんくさい興行でもスパーリング名目の大会に出るしかない。
小幡の脳内コンピューターが計算をはじき出す――これは「おいしい」。
「いいよ」
そう言いながら、小幡はすでに五條と闘うプランを考えていた。
小幡は腐っても幼少期からボクシングに親しんで来たエリートだ。それに対して、五條は喧嘩で培った異質な経験値をもとにひりつくような空気を発しながら他者を圧倒し、規模の違う暴力で相手を叩き潰して来た。
昨今プロと喧嘩自慢がスパーリングをする動画が増えてきたのもあり、五條には荒くれ者達に幻想を持たせる選手になる可能性が高い。そうなれば、どちらかと言うと野次馬根性で会場へと足を運ぶ観客が多数いるはずだ。黒須にはそういった野次馬を集めるカリスマ性がある。他力本願で最低な考えだが、小幡は黒須の船に乗る事にした。
「ありがとう」
舞は謎のお礼を言うと、小幡の顔を引き寄せてキスをした。甘い香り。今にも水着から零れ落ちそうな巨乳に顔をうずめたくなる。
「じゃあ、話は私の方から伝えておくね」
紐で守られただけの尻を見せながら、舞はその場を後にしていった。
どこからともなく男が現れ、バスタオルを細い身体にかぶせる。サングラスをしたスーツの男。服の上からも、屈強な肉体を持っているのがはっきりと分かった。
舞はサングラスの男に何かを言い、振り返ってこちらへ手を振った。天使のような笑顔。だが、それは色々と作り物。
「……もしかして、俺は騙されたのかな?」
小幡がひとりごちる。
舞の唇。束の間に得た柔らかい感触を、小幡は一人思い出そうとしていた。
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