新作の断片(ちょっと執筆ペース落ちた)
- 2020/04/12
- 21:50
「ダメージは?」
日下部が静かに訊いた。水を飲ませながら、傷の治療をしている。
「大してない。ちょっと座っただけだ」
強がりだった。実際にはパンチは見えていなかった。だが、たとえ相手が仲間だったとしても虚勢を張らないといけない気がした。
「今ので分かったかもしれないが、相手のパンチはキレがヤバい。当たればすぐカットする。手を出させるな。怖くても自分から行け」
「誰がビビるかよ」
反射的に言い返す。
おそらく日下部は大月のディフェンスに大して期待していない。それならばやられる前にやってしまえという発想だろう。同感だった。
ラウンド開始前の笛が鳴る。水をもう一杯飲んで、呼吸を整えた。
「ラウンド2」
ゴングが鳴った。椅子から立ちあがるなり、神楽坂陣営まで一気に駆けていく。
神楽坂はまだセコンドと何かを話していた。今後のプランか何かだろうか。知った事じゃない。
短距離走を走るのと同じペースでリングを駆ける。レフリーが止めようとしたが、よけて走り抜けた。振り向いた神楽坂に飛び込んで右フック。ダッキングでかわされるが、神楽坂は奇襲にひどく驚いていた。
覆いかぶさるような体勢になったので、右手で押さえつけて。左アッパーを何発も突き上げた。動けない相手に、無慈悲な拳が突き刺さる。
神楽坂はエビみたいなスピードでバックステップして逃げた。口から出血。表情には怒りが滲んでいた。
――さあ来いよ。ぶっ殺してやるから。
両腕を上げて挑発。会場がざわついた。イキったオヤジ達の温度感が上がっていくのが分かった。
一転、神楽坂はサイドに回りながらジャブを連発してきた。素早く、恐ろしいキレのリードブロー。牽制程度のつもりだろうが、妙に迫力があった。
大月も遠くからジャブを放ち、相手を牽制する。お互いのパンチが試合を一発で終わらせる可能性がある。
左ストレートで飛び込んだ。剣道の突きを思わせる一撃。ノーモーションで放たれた左拳は、カウンターを当てるタイミングを掴ませない。
神楽坂がガードしながらバックステップした。ガードの上を軽くかすめる。もう一度踏み込んで左ストレートで突っ込む。予想外の攻撃とスピードだったのか、神楽坂の額をとらえて撥ね上げた。すぐに右フックを返す。
だが神楽坂もスウェーでフックをかわし、右ボディーを大月の腹に突き刺した。息が止まる。こみ上げる吐き気をこらえながら、頭同士をくっつけた。
――我慢比べだ。
至近距離で、お互いの腹を打ち合う。ガードの上からでも構いやしない。感覚的には技術のある喧嘩だった。至近距離でスイッチして、左ボディーを連発する。最初はインサイド。次にアウトサイドを打つ。二発目のボディーが刺さり、神楽坂の身体が少し沈む。効いている。その確信だけで、いつまでも闘える気がした。
神楽坂も負けていない。右ボディーから右アッパーのコンビネーション。二発目が顎をかすめただけなのに、意識が一瞬遠のいた。
くっついたまま、またスイッチする。サウスポーになって右フックを二発放ち、同じ軌道で右ボディーを放った。同じ軌道の三発目が読めなかったのか、神楽坂の顔が苦痛に歪んだ。
すかさず左ストレートを打ち下ろす。ガードの上に当たる。それでも神楽坂はバランスを崩した。沸き起こる悲鳴。今日も誰かが無一文になる。
猛然と襲いかかる。ジャブ二発からストレート。右ボディーから左ストレートを放ち、右フックを返す。グラついた。ガードしたまま亀状態になった神楽坂にパンチのスコールを降らせる。
レフリーが様子を窺っている。どうせ止めやしないのだろう。構わず倒そうとした。
右フックがガード上を叩いた瞬間、神楽坂が大きくバランスを崩した。飛び込んで、開いたガードのど真ん中を打とうとする。
その刹那、また大月の視界が黒くなった。
嫌な予感がした。気付けば尻もちをついていた。また倒された。
――舌打ち。せいぜい出来る強がりはそれぐらいだった。
日下部が静かに訊いた。水を飲ませながら、傷の治療をしている。
「大してない。ちょっと座っただけだ」
強がりだった。実際にはパンチは見えていなかった。だが、たとえ相手が仲間だったとしても虚勢を張らないといけない気がした。
「今ので分かったかもしれないが、相手のパンチはキレがヤバい。当たればすぐカットする。手を出させるな。怖くても自分から行け」
「誰がビビるかよ」
反射的に言い返す。
おそらく日下部は大月のディフェンスに大して期待していない。それならばやられる前にやってしまえという発想だろう。同感だった。
ラウンド開始前の笛が鳴る。水をもう一杯飲んで、呼吸を整えた。
「ラウンド2」
ゴングが鳴った。椅子から立ちあがるなり、神楽坂陣営まで一気に駆けていく。
神楽坂はまだセコンドと何かを話していた。今後のプランか何かだろうか。知った事じゃない。
短距離走を走るのと同じペースでリングを駆ける。レフリーが止めようとしたが、よけて走り抜けた。振り向いた神楽坂に飛び込んで右フック。ダッキングでかわされるが、神楽坂は奇襲にひどく驚いていた。
覆いかぶさるような体勢になったので、右手で押さえつけて。左アッパーを何発も突き上げた。動けない相手に、無慈悲な拳が突き刺さる。
神楽坂はエビみたいなスピードでバックステップして逃げた。口から出血。表情には怒りが滲んでいた。
――さあ来いよ。ぶっ殺してやるから。
両腕を上げて挑発。会場がざわついた。イキったオヤジ達の温度感が上がっていくのが分かった。
一転、神楽坂はサイドに回りながらジャブを連発してきた。素早く、恐ろしいキレのリードブロー。牽制程度のつもりだろうが、妙に迫力があった。
大月も遠くからジャブを放ち、相手を牽制する。お互いのパンチが試合を一発で終わらせる可能性がある。
左ストレートで飛び込んだ。剣道の突きを思わせる一撃。ノーモーションで放たれた左拳は、カウンターを当てるタイミングを掴ませない。
神楽坂がガードしながらバックステップした。ガードの上を軽くかすめる。もう一度踏み込んで左ストレートで突っ込む。予想外の攻撃とスピードだったのか、神楽坂の額をとらえて撥ね上げた。すぐに右フックを返す。
だが神楽坂もスウェーでフックをかわし、右ボディーを大月の腹に突き刺した。息が止まる。こみ上げる吐き気をこらえながら、頭同士をくっつけた。
――我慢比べだ。
至近距離で、お互いの腹を打ち合う。ガードの上からでも構いやしない。感覚的には技術のある喧嘩だった。至近距離でスイッチして、左ボディーを連発する。最初はインサイド。次にアウトサイドを打つ。二発目のボディーが刺さり、神楽坂の身体が少し沈む。効いている。その確信だけで、いつまでも闘える気がした。
神楽坂も負けていない。右ボディーから右アッパーのコンビネーション。二発目が顎をかすめただけなのに、意識が一瞬遠のいた。
くっついたまま、またスイッチする。サウスポーになって右フックを二発放ち、同じ軌道で右ボディーを放った。同じ軌道の三発目が読めなかったのか、神楽坂の顔が苦痛に歪んだ。
すかさず左ストレートを打ち下ろす。ガードの上に当たる。それでも神楽坂はバランスを崩した。沸き起こる悲鳴。今日も誰かが無一文になる。
猛然と襲いかかる。ジャブ二発からストレート。右ボディーから左ストレートを放ち、右フックを返す。グラついた。ガードしたまま亀状態になった神楽坂にパンチのスコールを降らせる。
レフリーが様子を窺っている。どうせ止めやしないのだろう。構わず倒そうとした。
右フックがガード上を叩いた瞬間、神楽坂が大きくバランスを崩した。飛び込んで、開いたガードのど真ん中を打とうとする。
その刹那、また大月の視界が黒くなった。
嫌な予感がした。気付けば尻もちをついていた。また倒された。
――舌打ち。せいぜい出来る強がりはそれぐらいだった。
スポンサーサイト