誰も知りえぬタコの絶望

　タコになんて生まれるもんじゃない。

　深海の生物に生まれ変わって、すぐにその考えは私の脳裏に深く刻まれました。

　せっかくタコになったのだから、タコの世界についての内部情報と言いますか、当事者しか知りえない情報を収集すればこれはこれで新しいビジネスチャンスになると思っていましたが、タコ語で他タコ（人間界で言う他人）に訊いてみましたところ、なんとタコは交尾後に死んでしまうのだそうです。

　ヌヌヌイこれは巧妙な罠でございました。

　もしわたくしが意地汚い商魂を発揮せず奔放な性へと走っていれば、私は転生もないただのお陀仏となっていたのでございます。

　どうりで私の群れには大したイケタコ（人間界で言うイケメン）がいなかったのでございます。男前のタコは率先してメスを手に入れるから死んでしまうという按配です、人間界こそそうなればいいのに……！

　いや、こんなところで生前の怨み節を呟いている場合ではございません。わたくしはともかく早くこのタコライフから解き放たれなければいけません。

　――私は決めました。

　早く世界を救う勇者になるために、わたくしは人間のいる町を襲撃します。

　もし港町で大暴れしている凶悪なタコがいれば、名声に飢えたハイスペックな勇者が殺到するはず。そこで今よりも強い奴にまた転生したらいい！

　嗚呼、簡単な道理ではございませんか。

　ようはこうやってより強い奴、より強い奴と転生していけば、ゆくゆくは敵無しとなって、ひいては世界を支配して、若い女性の普段着はＪＫの制服しか認めないという法案を議会で通す事が出来るのでございます。

　私はクズでしょうか？

　それならご自分が同じような立場になった時、どのように思うかお考えになったらよろしい。

　私は元いた世界が厭になってここまで来たのです。

　こんな異世界にまで来て生きたいと思えないなら、天国だろうが地獄だろうが同じ事です。

　私はただ安心が欲しいのです。

　ゆえに私は人間どもの住んでいる漁港を襲います。

　ただ、私が生き延びるためだけに。