「裸娼門」と「恥極変」の裏話
- 2018/07/30
- 03:43
なんやら知らぬ間に藤崎ほつま氏が「裸娼門」と「恥極変」を一気に読んでくれたそうで。
どうもありがたい事です。
ちょっと昔に立ち返って自作解題ネタをやってみようかなと。別に深い意味はありませんが。
ボツネタも含めてちょっと紹介していこうかなと。
真面目で有名な藤崎ほつま氏からは意外にも「エロくないやないかい」というクレームが入りました。先に言ってくれれば入れたのに(笑)。
まあどっちもエロはやろうと思えばいくらでも出来たんですけど、まず「裸娼門」は牛野小雪氏の言う正義パンチの考察というか、昨今巻き起こる正義というラベルの誤用を皮肉るのがこの作品の醍醐味だったので、あえて純文学の味を強くしたんですよね。だって、近い将来に教科書に載る作品じゃないですか。
私も年食ったもんで、今の若者が持つ読書力というか、文字から何かを得ようとする努力やセンスは双方凄まじい勢いで低下していると感じており、ゆえに昨今の売れ線っていうのはしょうがないから薄っぺらくならざるをえないというか、もうバカでも理解出来るように配慮されているものしか売れていないような気がするのです。
だって本家の「羅生門」から正義と正義の相克というか、作品を読んで自主的に「正義とは何ぞや」って考える高校生なんて何パーセントいるんでしょうか?
多分1パーセントもいないと思いますけど。
そうなるとね、バカでも分かるように超訳――もしくは(酷い)跳躍――が必要になってくるのですよ。
最後のパートだってね。あんなもん普通の文体で書いたら無粋になるだけですよ。自分の作品をよりによって作中で解説しているなんて、普通ならサムい作家の謗りは免れません。
そうなるとですね、どうしても特殊なやり方でないとああいう内容の事は書けないのですよ。で、私の場合だと「奇書 狂狂まわる」から使って来た手法が一番合うかなと。
オッサンは正義の看板を守るためにババアの下着を盗んでいるしょうもない人だけど、お前はそれを笑えんのか?
という風に読者を挑発する作品になっております。
で、次は「恥極変」ですね。これはタイトルがなかなか決まらなかった。
地獄変をパロってやろうというのはもう決まってたんですけど、こういうのをやる時は「なるべく原作とほとんど変わっていない名前で、且つ聞いた瞬間に噴き出しちゃうような名前」がベストという美学を持っているので、そういう名前がなかなか出て来なかった。
だから最初は「地獄変態」とか「怩獄変」(忸怩の「怩」ね)という仮題で作品を書いておりました。ちなみに「怩獄変」はギリギリまで最終候補だった名前ですね。ただ読みにくいのと、多少学のある人でないとタイトルから意味を汲み取れないだろうという事でボツ。
結局ダジャレとしてはそんなに巧くない「恥極変(ちごくへん)」が決定タイトルになりました。ちなみに、検索してみたら同名のエロゲみたいなやつが出てきました(笑)。
ちなみに「恥極変」、内容も結構紆余曲折しているんですよね。
表紙は牛乳になんか物体をボチャッと落としたみたいな写真になっていますが、これは修正前の名残もありました。
最後に良秀の娘が死ぬところなんですけど、本当はその前に巨大な堀の中へ数え切れない汁男優が大量の精液を放って白いプールを作るっていう無茶苦茶な構想があったんですね。
それって実際に可能なんだろうかと(←可能なわけねえだろ)DMMのR18サイトまで飛び、ぶっかけモノのサンプルをいくつか見てみたんですが、どう考えても精液でプール作るとか無理難題すぎるだろうと。プール作りで何人も死者出ちゃうよと(笑)。
そこで結局大事に守られた初めてを、何人もの男に奪われてショックで死んでもらうという設定にしました。もうちょっと娘の人物を浮き彫りにするシーンがあっても良かったんですけどね。なにせ面倒くさかった(笑)。
今作では虐殺器官みたいに良秀の死に際に書いたズリネタが世界を死の世界に沈めていき、実はぶっかけられているのは大殿様(=世間のメタファー的な)だったみたいな流れがやりたかったというのがあります。ある意味正義パンチの構造と同じですよ。言い方を変えているだけ。
ええ、最初に時代考証を無茶苦茶にすると断りを入れておきながら、それなら何で十二単じゃなくて女子高校生の制服で娘を登場させなかったんだとか、色々お叱りは受けるかもしれませんが、まあそれ言うなら自分で書けよと(笑)。
話は脱線しますけど、高校生の娘と父親がマジックミラー号でヤっちゃう話なんて筆力のある人が書いたら十分いい作品になるとは思いますけど。色々と文学的メタファーで武装して高尚な作品っぽく見せる事は可能ですな。村上春樹的に(笑)。
それはともかくですよ、芥川龍之助平に限らず全然違う人のパロディーがあっても面白いんじゃないかと。似た名前が階乗式にどんどん増えていくみたいな(笑)。
(例:芥川竜雷太、芥川理由之介……etc)
そんな風に色んな角度から一つの作品が万華鏡のように広がっていくのもまた一興ですね。
完全なオリジナル?
もう無理でしょ。この時代の地球に生きてる限り。
それなら面白ければいいんじゃないですか?
「恥極変」はあんまり変わらない「地獄変」を読みやすくしたという意味で、文学的な功績は大きひと思ひます(笑)。
どうもありがたい事です。
ちょっと昔に立ち返って自作解題ネタをやってみようかなと。別に深い意味はありませんが。
ボツネタも含めてちょっと紹介していこうかなと。
真面目で有名な藤崎ほつま氏からは意外にも「エロくないやないかい」というクレームが入りました。先に言ってくれれば入れたのに(笑)。
まあどっちもエロはやろうと思えばいくらでも出来たんですけど、まず「裸娼門」は牛野小雪氏の言う正義パンチの考察というか、昨今巻き起こる正義というラベルの誤用を皮肉るのがこの作品の醍醐味だったので、あえて純文学の味を強くしたんですよね。だって、近い将来に教科書に載る作品じゃないですか。
私も年食ったもんで、今の若者が持つ読書力というか、文字から何かを得ようとする努力やセンスは双方凄まじい勢いで低下していると感じており、ゆえに昨今の売れ線っていうのはしょうがないから薄っぺらくならざるをえないというか、もうバカでも理解出来るように配慮されているものしか売れていないような気がするのです。
だって本家の「羅生門」から正義と正義の相克というか、作品を読んで自主的に「正義とは何ぞや」って考える高校生なんて何パーセントいるんでしょうか?
多分1パーセントもいないと思いますけど。
そうなるとね、バカでも分かるように超訳――もしくは(酷い)跳躍――が必要になってくるのですよ。
最後のパートだってね。あんなもん普通の文体で書いたら無粋になるだけですよ。自分の作品をよりによって作中で解説しているなんて、普通ならサムい作家の謗りは免れません。
そうなるとですね、どうしても特殊なやり方でないとああいう内容の事は書けないのですよ。で、私の場合だと「奇書 狂狂まわる」から使って来た手法が一番合うかなと。
オッサンは正義の看板を守るためにババアの下着を盗んでいるしょうもない人だけど、お前はそれを笑えんのか?
という風に読者を挑発する作品になっております。
で、次は「恥極変」ですね。これはタイトルがなかなか決まらなかった。
地獄変をパロってやろうというのはもう決まってたんですけど、こういうのをやる時は「なるべく原作とほとんど変わっていない名前で、且つ聞いた瞬間に噴き出しちゃうような名前」がベストという美学を持っているので、そういう名前がなかなか出て来なかった。
だから最初は「地獄変態」とか「怩獄変」(忸怩の「怩」ね)という仮題で作品を書いておりました。ちなみに「怩獄変」はギリギリまで最終候補だった名前ですね。ただ読みにくいのと、多少学のある人でないとタイトルから意味を汲み取れないだろうという事でボツ。
結局ダジャレとしてはそんなに巧くない「恥極変(ちごくへん)」が決定タイトルになりました。ちなみに、検索してみたら同名のエロゲみたいなやつが出てきました(笑)。
ちなみに「恥極変」、内容も結構紆余曲折しているんですよね。
表紙は牛乳になんか物体をボチャッと落としたみたいな写真になっていますが、これは修正前の名残もありました。
最後に良秀の娘が死ぬところなんですけど、本当はその前に巨大な堀の中へ数え切れない汁男優が大量の精液を放って白いプールを作るっていう無茶苦茶な構想があったんですね。
それって実際に可能なんだろうかと(←可能なわけねえだろ)DMMのR18サイトまで飛び、ぶっかけモノのサンプルをいくつか見てみたんですが、どう考えても精液でプール作るとか無理難題すぎるだろうと。プール作りで何人も死者出ちゃうよと(笑)。
そこで結局大事に守られた初めてを、何人もの男に奪われてショックで死んでもらうという設定にしました。もうちょっと娘の人物を浮き彫りにするシーンがあっても良かったんですけどね。なにせ面倒くさかった(笑)。
今作では虐殺器官みたいに良秀の死に際に書いたズリネタが世界を死の世界に沈めていき、実はぶっかけられているのは大殿様(=世間のメタファー的な)だったみたいな流れがやりたかったというのがあります。ある意味正義パンチの構造と同じですよ。言い方を変えているだけ。
ええ、最初に時代考証を無茶苦茶にすると断りを入れておきながら、それなら何で十二単じゃなくて女子高校生の制服で娘を登場させなかったんだとか、色々お叱りは受けるかもしれませんが、まあそれ言うなら自分で書けよと(笑)。
話は脱線しますけど、高校生の娘と父親がマジックミラー号でヤっちゃう話なんて筆力のある人が書いたら十分いい作品になるとは思いますけど。色々と文学的メタファーで武装して高尚な作品っぽく見せる事は可能ですな。村上春樹的に(笑)。
それはともかくですよ、芥川龍之助平に限らず全然違う人のパロディーがあっても面白いんじゃないかと。似た名前が階乗式にどんどん増えていくみたいな(笑)。
(例:芥川竜雷太、芥川理由之介……etc)
そんな風に色んな角度から一つの作品が万華鏡のように広がっていくのもまた一興ですね。
完全なオリジナル?
もう無理でしょ。この時代の地球に生きてる限り。
それなら面白ければいいんじゃないですか?
「恥極変」はあんまり変わらない「地獄変」を読みやすくしたという意味で、文学的な功績は大きひと思ひます(笑)。
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