Memory and reincarnation
- 2018/05/02
- 03:04
いつもこの日になるとねえ、ああ、今年もhideの命日が来たなって思うんでさあね。
彼の死はいくらかあたしにとんでもねえ影響を及ぼしているんでさあね。それも、死後何年も経っての話ですがね。
これから話すことを信じるか、それとも単なる与太話と歯牙にもかけないのはあなたの自由でさあね。
でもね、世の中には不思議なことがあるってもんなんでさあね。
hideが亡くなった時、あたしゃあ子供でした。テレビで大勢のファンが悲しんでいやしたが、いかんせん当時はhideを大して知りやしませんでした。だから、ああ、人気のある人が死んだんだなあぐらいにしか思ってなかったんです。
後追い自殺とかも結構起こっていやしたが、当時のあたしゃあ好きな芸能人が死んだぐらいでそんなことをする人達の気持ちが分かりやしませんでした。
よく憶えているのはねえ、hideの葬儀後に棺が運ばれていくんですよ。車にね。
それを追っかけて周囲の警備員から取り押さえられているファンがいやして、それを見た時に同情はしながらもずいぶんと嫌な気持ちになったんでごぜえやす。
そこであたしの少年期の話っていうのは終わりです。なんだそりゃあと言われそうですが、続きはまだあるんでごぜえやすね。
今思えば、ぐらいの話なんでごぜえやすが、あたしゃあ結婚にまつわる話を振られるとブルーになっちまうというか、特にウエディングドレスを見るとえらく気持ちが沈んでしまうところがあったんでごぜえやすね。
きっと自分が結婚出来ていないからにちげえねえ。
そんなことを思っていやした。現に友人の結婚式は心から賛辞を送れるのに、気付いたら「ハァー」って溜め息をついてるんですよ。不思議なことにね。
その理由っていうのは、さらに10年後ぐらいに明らかになったんでごぜえやすね。
きっかけは省きやすが、ある日ねえ、あたしの周囲に画が降って来たんです。とはいっても額に納められたような物質の絵じゃなくて、あたしだけが見える心の映像がくるんくるんと降って来たんでごぜえやすね。
なんだこりゃあと思って振り払ったんでごぜえやすが、それは自らを主張してやまない人間のようにあたしの眼前に迫ってきたんでごぜえやす。
よく見るとね、荒野で、二人の男が争っていやした。
あたしゃあそれを眺めているんです。どういうわけか、固唾を呑んで。
しばらくその映像を眺めていて、あたしゃあその映像が何を意味するのか思い出したんでごぜえやすよ。正直なところ、あまりにも悲しくて立ち上がれやしませんでした。それぐらい強烈な映像だったんでごぜえやすね。
さて、こっからが与太話と揶揄されるようなお話でごぜえますね。もし信じられないなら、文字通りフィクションだとかホラ話として聞いていりゃあいいでしょう。
それはあたしが500年前に生きていた記録。
――平たく言うと、前世ってやつだったんでごぜえやすね。
当時17歳の小娘だったあたしゃあ、自分で言うのもなんですが見目美しい容姿を持っていてたいそうモテたんでごぜえやす。
当時には婚約者がいたんでごぜえやすが、その人と行ったパーティーで別の男から話しかけられましてねえ、まあ口説かれたわけですよ。それを見てブチ切れた婚約者がそいつに決闘を申し込みましてねえ、バカだからあたしの所有権を巡って闘うなんて言い出すんでさあね。
当たりめえですが、決闘に負けるっていうのは、つまり死ぬってことでさあね。そんな下らないことで死なれちゃたまらねえって、小娘だったあたしゃあそいつの家まで決闘を取りやめてくれるようお願いしたんでごぜえやすね。
ところがどっこい、婚約者はすっかり頭に血が昇っちまっていて、「君に手を出す輩は許さない」なんて言ってるんです。まあ女としては嬉しかったですよ。嬉しいんですけどね、そういう問題じゃねえでしょと。あたしゃあもう一回彼を止めようと試みるんですが、結局一度火のついた闘志を収めることは出来なかったんでさあね。
それでいざ決闘の日ですよ。
もう生きた心地がしませんでしたね。あたしゃあさっさと結婚して幸せになりたかっていうのに、なんでこうも無駄に命を賭けるのかって。分かるでしょう?
でも、その時は自分を賭けて闘う男二人っていうシチュエーションに酔っちまったんでしょうね。あたしゃあ引きずってでも婚約者に決闘をやめさせないといけなかったんです。
決闘が始まって、最初はなかなかいい勝負をするんですが、婚約者が一瞬の隙を見せると、相手はすかさずブスリとその胸を貫きやした。
彼の身体はダランと下がり、地面に転がりやした。
即死でした。蘇生も何もあったもんじゃありやせん。
なんて言うかねえ、人間ってあんまりにもショックなことが起きると動けなくなっちまうっていうか、声を失うというか、悲しいなんて領域はとっくに飛び越えて、自分がどこか別の世界にすっ飛ばされたみたいな気分になっていやしたね。
呆然自失のまま婚約者の葬式になりやした。
空は晴れているのにねえ、心はずっとどんよりっていうか、まあ、それもそうなんでしょうけど、夕暮れも近いせいか妙なざわつきがこの胸にありやしたね。
そこには棺があって、花を入れていくんですけど、棺の中で眠る彼がまだ本人には思えねえんですよ。抜け殻というか、実際に魂はどっかにいっちまってるんだからそうなんでしょうけど、人相が変わっちまってる感じでごぜえやした。
なんの現実感も無いまま神父が「彼の魂が救われますように」なんて言うんです。
それで、棺が運ばれていくんですよ。これから墓地に埋められて、永遠のお別れになる。
そう思ったら、あたしの閉塞されていた感情が大爆発したんでさあね。
「行かないで!」
気付いたら、全力で棺を止めようとしていやした。このまんまじゃ彼が本当に行ってしまう。
そう思ったら、耐えられなかったんでごぜえやす。
泣き叫ぶあたしの腕を、か細い腕が掴みやした。
友人のアンナでした。
「彼はこれから神の国へ行くのよ。だから、彼を止めてはいけない。彼を、行かせてあげなさい」
アンナは泣いていやした。あたしも泣いていやした。
力がふっと抜けちまってねえ、その場ですすり泣くことしか出来やせんでした。
太陽が照らす中、棺はどんどん遠くに、どんどん遠くに行きやした。
いやね、まあ、色々考えましたよ。あの時あたしが彼を止めていればとか、そもそも決闘の原因になったパーティーなんか行かなきゃよかったとかね。一瞬の間に、散々自分を責めやした。
涙は止まらねえし、幽体離脱しているみたいに冷静な自分もいて、それが怖かったり、やっぱり悲しみの方が大きくて声を上げてなくしか出来やせんでした。
そのうちわけがわかんなくなっちまって、とりあえず祈りやした。
あなたを止められなくてごめんなさい。
あなたを生かしてあげられなくてごめんなさい。
天国がどんなところかは知りませんけど、わたしはあなたのことを絶対に忘れません。
だから、わたしがそちらに行った時には抱きしめてください。
わたしは生きます。この罪を背負って。
だからわたしを許して下さい。
この罪は、ずっと背負って生きていきます。
……そんなことを言ったんだと思いやす。
その悲しみは、500年近くも封印されて、今の今まですっとあたしを苦しめてきたってわけでさあね。あたしゃあ確かに約束を守っていたんでごぜえやす。
現代に戻って、あたしゃあ思い出したんです。
あたしがウエディングドレスを見てブルーになる理由……。それは、着れなかったんでしょうね。500年前に。そして、その時からずっと。
hideの葬儀で見たファン……。それは500年前のあたしそのものだったんだなってね。
あれは500年の罪を思い出させる光景だったんでしょう。だからひどく嫌な気分になったんでごぜえますね。
まあ、思い出した時は地獄でしたよ。なんつっても500年自分自身に封じ込めてきた悲しみが襲ってきたんですからね。
でもねえ、思い出せて良かったと思うんです。
あたしゃあ何百年も自分を罰し続けてきて、その罰はあわや未来永劫続くところだったんです。
もう自分を許してあげたら?
そんな声がどこかから聞こえてきた気がしたんです。
それがかつての婚約者の声だったかは知りやしません。でも、そんなこたあどうだっていいんです。
あの時は幸せになれなかったけど、次は、というか、今の人生はきっと幸せになれるって感じたんです。それがね、本当に救われたというか、まあ、本当に救われたんでごぜえますね。
それが彼の望んだことだって思えたら、本当に嬉しくて涙が止まりやしませんでした。
だからね、人間っていうのは自分が思っているよりも美しいもんなんです。
それがどこかでおかしくなって、自分で自分を罰しているだけなんでさあね。
つまり、なんていうか、生きて欲しいんですよ。死んでしまいたいと思っている奴らにはね。
今は雨が降っているかもしれないけど、明日には晴れるかもしれない。そうなったら虹だって見れるかもしれねえじゃねえですか。
そうやって、生命というのは、人生っていうのは彩りを添えるんでさあね。
だからつらいことがあっても、死ぬな。生きろ。それがあたしの伝えたいことでごぜえます。
個人的には、なんにも教わってないのに気付いたらピアノ弾いてたっていうあの天才少年が怪しいと思っているんですがね……(笑)。ははは。確かめる術はごぜえません。彼も何か思い出すかもしれませんね。
また春に会いましょう。
いや、あたしたちゃあもう会っているのかもしれませんね。
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