贖罪のクリスマス
- 2017/12/24
- 07:00
長いこと恋人はいない。それに寂しさを憶えたこともない。
それにも関わらず、今日は人生で初めてクリスマスを忌々しい日のように感じる。
昨年末、俺の人生は急展開を迎えた。
長いこと沈黙を保っていなければいけなかった。だがそれも今日で終わりだ。
俺がなぜ脈絡もなく休養宣言をし、潜らなければならなかったかをここに書き残しておきたい。
昨年の秋、俺は最後のリングに立った。
負けたら終わりだった。まさに背水の陣というやつだ。俺自身も、今回負けたら色々と終わりだろうと思っていた。心身ともに限界が近付いていたのを悟っていたからだ。
あの時、あえて語っていなかったことがある。
俺が最後の闘いに臨む時、リングサイドにはある女性がいた。一人ではなく、子供を連れて。
彼女はかつての婚約者だった。
だった、というのは、バカな俺が彼女よりもボクシングを選んでしまったからだ。後悔先に立たずとは言うが、あの致命的な選択は今でも悔やまれる。
未練がましい言い方だが、いい女だった。どこからどう見たって俺がボクシングで大成する器でなかったにも関わらず、いい時も悪い時も支えてくれた。試合やスパーリングで大怪我をして帰って来れば介抱だけでなく食事の準備までしてくれたし、財政難になった時は無言で金を置いて去るような男気を見せる。俺には出来すぎた女だった。
いつか恩返しをしてやろうと思っていたが、周囲の俺に対する視線は冷たかった。
彼女は周囲から「早くあのろくでなしと別れろ」と言われていたようだったし、俺も彼らの立場だったらそう言っただろう。どうして容姿も社会的地位も優れた人間が、俺みたいなゴミに目をかけるのか理解が出来なかった。その謎は今に至っても解明出来ていない。
だが悪運の神が俺に微笑んだのか、知らぬ間に彼女と一緒に暮らしていた。女に養われる生活なんてひどく惨めに見えるかもしれないが、それを差っ引いても彼女がいつも傍にいることは精神面で助けになった。
それでも、こんなろくでなしと暮らしていれば終わりの時はやってくる。
彼女の両親が俺の噂を聞きつけ、「金はやるから金輪際娘とは関わらないでくれ」と言ってきた。日頃は大人しい彼女も、これにはひどく動揺した。泣き叫ぶ彼女は「二人で逃げよう」と言い出す始末。
だが、それは出来なかった。自分ですら彼女に少しばかりの幸せもくれてやれていないのを理解していたし、今後も出来ないだろうと知っていた。
車で家に連れ帰される彼女を見て、俺は何も言うことが出来なかった。ただ、これで良かったのだと自分に言う以外には……。
それでも腐れ縁で彼女との交友関係は続いていた。会うことは出来なくても、メールやらSNSは通じる。それさえあれば十分だった
去年の夏頃、つまりは最後の試合が決まった時に、彼女に会った。ジムの外で待ち伏せしていた。
彼女の腕には幼児が抱かれていた。俺の視線に気付いたのか、挨拶よりも先に「後悔した?」と訊かれた。
ネット時代の恩恵か、彼女は俺の試合が決まったことを知っていた。「あなたがボロボロにやられるところを見たいから、チケットを売ってくれない?」と訊いてきた。ツンデレにしては少しばかり年を取りすぎたのだと思う。だが、それは明らかに俺のせいだった。
「それで気が済むなら」
それだけ言って、彼女にチケットを売った。彼女から金を取ることに罪悪感を感じることは出来なかった。
彼女とはその後何度か会った。ヨリを戻すとかじゃなくて、友人としての付き合いが再開されたのだった。
彼女の夫とも何度か食事をした。嫌味ではなく、いい男だった。こんなろくでなしと家庭を築くよりは遥かに建設的な選択だったに違いない。俺がボクサーだと知ると応援してくれた。チケットは買ってくれなかったけれど。
ともあれ、俺は試合に向けて全力で練習した。年寄りの割には毎日スパーリングを繰り返した。その分生傷も絶えなかったけど、これ以上にないくらい勝つために努力した。
試合は都心から離れた体育館で行われた。「最後だから」と後楽園ホールに立たせるほど、ボクシングの神様は寛容ではなかったらしい。
とはいえいい会場だった。地方のせいか、世界戦でもやれそうな広い建物で、集客数もなかなかだったと思う。大半が関係者なんだろうけど。
入場口のすぐ裏でミット打ちをした。身体を温めて、すぐに闘えるようにするためだ。
動きは悪くない。コンディションも悪くない。問題があるのは才能だけだった。
会場に大音量の音楽が鳴り響き、巨大な体育館を横切った。その道の途中で彼女を見つけた。まだ幼い我が子を抱き抱えている。
チラと目だけやり、頷くこともなくリングの階段を上がっていった。その時の気持ちは思い出せない。
リングアナが俺の名前を呼んだ。完全アウェーでも地方の観客は温かい。とうの昔に賞味期限の切れたオッサンへ万雷の拍手が寄付される。
相手は若く、勢いに満ちた選手だった。その顔には「自分は負けるかもしれない」という懸念は微塵もなく、支援者からの激励賞やら花束を笑顔で受け取っていた。
ゴングが鳴った。
若手の選手はいきなり攻め込まれると動揺しやすい。初回から喰ってやろうと、激しく身体を振りながら距離をつめていった。
ミドルレンジで身体を振り、サイドに移動しながら切り込むように距離を詰めていく。
オッサンの殺人パンチで地面に這いつくばるがいい。
フェイントを入れてから、利き手のオーバーハンドフックを放った。当たれば、倒れる。
だが、相手は冷静にバックステップを駆使し、冒頭の賭けを嘲笑うかのように目の前から消えた。
直後に相手の反撃が俺を襲う。上下左右から滑らかに放たれる連打は、俺の意識を刈り取ろうとしていた。
少しだけ膝が落ちかけて、レフリーストップを恐れた俺は打たれながらフルスイングのフックで反撃する。当たらない。拳は虚しく空を切るばかり。まるで俺の人生そのものだった。
無慈悲な若造はさらなるコンビネーションを打ち込んできた。速く、キレた拳が俺の顔面を嬲っていく。
もう一度苦し紛れの反撃をしようとしたその時、レフリーが割って入った。レフリーは俺の身体を支えながら手を振った。試合はあっけなく止められた。
何ヵ月もかけてこなしてきた厳しい練習も、最後の瞬間に賭けた想いも、ものの数分で塵と消えた。どれだけ頑張ったのか。どれだけ情熱を込めたのか。そんな要素は勝負の世界で少しの意味も持たない。
引退を賭けた試合は何の盛り上がりも無く終わった。ただただ一方的な試合展開だった。
――自分が弱かったから負けた。
それ以外にどんな言い訳も出てこなかった。正真正銘の完敗だった。
老兵にトドメを刺した若造は笑顔で握手を求めてきた。「この年齢でまだ頑張っている選手を見ると勇気が湧くので頑張って下さい」という一言を添えて。彼は俺のキャリアに終止符を打ったことを知らない。
マラソン大会で最下位のデブに送られるような拍手を背に受けて、花道を引き返していった。帰り際には我が子を抱えた彼女が立っていた。
「潮時だ。見れば分かっただろう」
「ありがとう」とか、そんな言葉は出てこなかった。それ以上に全てを賭けて臨んでいたものが無くなった空白に落ち着きを無くしていた。
彼女は笑うでもなく、怒るでもなく、ただ一言だけ「もう少しあなたが苦しむ姿が見たい。だから引退はしないで」と言った。
彼女なりのエールだったのだろう。たしかに俺は十字架に架けられてもまだ足りないような罪を犯していた。彼女には俺が苦しむさまを見て楽しむ資格がある。
何も返すことが出来ず、片手を上げただけでその場を去った。本当にそれ以外には何も出来なかった。
彼女を捨ててでも選んだ道が、ここまであっけなく終ってしまうのだなと、妙な感慨に耽っていた。損得で考えたら、どう考えても債務超過だ。明らかに俺の選択は間違えていた。もう悲しさも、悔しさも湧いてこない。少しも湧いてこない。
控え室で会長に引退の意向を伝えた。潮時はとうに過ぎていたし、誰も止めなかった。
これからどうしようか?
引退してからは、毎日そんなことを考えながら過ごしていた。燃え尽き症候群というやつなのか、何をする気にもなれなかった。
まだ彼女とのやり取りは続いていた。夫妻や子供と一緒に、何度か食事に行った。もしかしたらあの二人から見た俺は自殺予備軍ぐらいに思われていたのかもしれない。
だが、その一方で安堵感もあった。これからは殺伐とした空気の中で生きていかなくてもいい。そう考えるとずいぶんと楽になった。これからはもう少し死を遠くに感じて生きていける。そう思った。
――だが、運命というやつはどこまでも残酷だった。
ある日、彼女の訃報を知った。交通事故だった。
夫婦の乗った車に、酒酔い運転のトラックが突っ込んだ。クリスマスのプレゼントを買った帰りだった。
その頃、俺は夫妻が帰ってくるのを待っていた。彼女の子をあやしながら。
あなたは想像出来るだろうか? 俺が二人の訃報を聞いた瞬間の心境を。
目の前の世界が真っ暗になるというのはこのことだと思った。どうして俺みたいなろくでなしでなく、幸せにならないといけない人達ばかりが先に逝ってしまうのか?
俺の胸に抱かれた子は、不思議そうな顔でこちらを見つめていた。今でもそれが「どうしてママは帰って来ないの?」と訊かれていたような気がしてならない。
こうして急遽俺がこの子の親代わりになった。俺しか無理だ。俺にしか救えない。そう思った。
それから毎日は殺人的な忙しさになった。なにせ糊口を立てるための仕事と育児を一人でやらないといけないのだ。もちろん友人にかなりの無理を言って助けてもらったが、そんなものは焼け石に水で、根本的な解決策にはほど遠かった。
これが俺が前触れも無く休養宣言を出した裏側だ。執筆どころか、まともな生活すら成立していなかった。まずは生きなければいけなかったからだ。
今日はクリスマス・イブだ。仏教徒の日本人が浮かれまくって、愛というラベルを貼った欲望を剥き出しにする聖夜。そして通常の人間にとってロマンチックな日は、俺にとっては悲しみと絶望を象徴する日に過ぎなくなってしまった。
神への信仰はとうに捨てたが、一つだけ願いを叶えてもらえるなら、たとえ俺の命と引き換えにしてでも叶えて欲しいことがある。
この子を、もう一度母に会わせてあげて欲しい。あなたは三日で生き返った。それなら一年で他人を生き返らせるなんてわけないだろう? 頼むよ、本当に。もう一度会わせてやってくれよ。
あなたは俺に十字架を背負わせたのかもしれない。
でも、それはどうか俺だけに留めて欲しい。この子は今も親が帰ってくるものだと思っている。だから返してやってくれ。
罪を贖うのは、俺一人で十分なのだから。
この子を、罪無き子を罰しないでくれ。
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