楽な人付き合い
- 2017/05/17
- 13:00
言わずと知れた事だけど、個人作家の世界には良くも悪くも個性的な人が沢山いる。どっちの方が多いかは言わずもがな。
玉石混淆と言われる個人作家の世界では人付き合いも面倒な事が多く、私のように自分勝手に振る舞えない人が結構な割合で厄介事に巻き込まれている感がある。
そこでだが、なぜか個人作家の世界で交友関係が広いと評価されている(そうか?)この私が、どういう基準で付き合う人を選別しているのかに言及してみよう。
まあ、もったいぶる事もあるまい。
個人作家との付き合いでは、基本は作品の面白さか、そうでなくてもブログが面白いとかそういう人だけにしている。人格者かクズかどうかはあんまり問題じゃない。
要は面白い人とだけ付き合えばいいのだ。
というのも、仮にある作家がとてもナイスガイで応援してあげたくても、肝心の作品がつまらないと推しにくいし読む自分自身が苦痛になってしまう。
もちろん名前は出さないけれど、性格が素晴らしくても作品がつまらない人は本をそっ閉じして心の中で頑張ってねと言って終わりである。
変に気を持たせる事もなく、こちらも読んでいて苦痛な作品を読まなくていいからお互いにとって一番良い選択肢になる。一時しのぎの優しさなんぞ、より高い場所から誰かを突き落とすフリになるだけである。
逆に話しているだけで面白い人は圧倒的に強い。こういう人は普通に絡んでいるだけで面白いから、リアル友人と大して変わらない関係を結び上げる事が出来る。
はたから見ていて、人間関係が破綻した人達は上記の法則に違反した人ばかりのような気がする。結局第三者から見ていても利害関係で発言したり動いたりしているのは前後関係のちぐはぐな発言やら行動で見透かす事が出来るし、まあもうちょっとぶっちゃけて言えばいちいち注意を払わなくても分かってしまうぐらい鼻についている。
今まで仲良くなった人ともどこかで関係がぶっ壊れるかもしれないけれど、実はそんなに恐れていないというか、多分相手もそんなに恐れていないと思う。
そういう意味では私は誰よりも馴れ合いをしていないはずなんだけど、誰かが私を褒めてくれて、私が彼を褒め返すとどうもそれは周囲から馴れ合いに映ってしまうらしい。
たまに思うのだけど、匿名掲示板とかで馴れ合いがどうこう言っている人って、誰よりも馴れ合っているんじゃないかと思う。
私が誰かを褒める時はいわゆる宛名があるわけで、それを誰かが閲覧する事はあっても、それがコミュニケートするのはただ一人なわけで、匿名掲示板の愚痴というか誰かに対するいかなる批判も、それは宛名が無いゆえに届けば誰でもいいという薄汚い根性が透けて見えるというか、とにかく誰でもいいから僕の話を聞いて下さいジーザス的な魂の叫びを行間から感じ取ってしまうわけだ。下手したら自分の質問に自分で答えているし。
まあそれはそれとして、作品だけを目安にしておけば人物相関図なんぞ無視して動けるわけですよ。相手が人物相関図を守って無視される事もあるけど。
個人作家でやめていく人って音楽性の違い……もとい、人間関係の疲れやら人生上の変化が9割なんじゃないかと思っているんだけど、こういう予防策を打っておけば、つまらない問題で足をすくわれる事もなくなるわけですよ。
なに、馴れ合いはしない?
いやいや、面白い人とだけ好きなだけ馴れ合いなさい。それはあなたを豊かにしてくれる。
つまらないと感じる人とはあまり関わってはいけまない。それは長い目で見るとどちらも不幸になるのだから。
玉石混淆と言われる個人作家の世界では人付き合いも面倒な事が多く、私のように自分勝手に振る舞えない人が結構な割合で厄介事に巻き込まれている感がある。
そこでだが、なぜか個人作家の世界で交友関係が広いと評価されている(そうか?)この私が、どういう基準で付き合う人を選別しているのかに言及してみよう。
まあ、もったいぶる事もあるまい。
個人作家との付き合いでは、基本は作品の面白さか、そうでなくてもブログが面白いとかそういう人だけにしている。人格者かクズかどうかはあんまり問題じゃない。
要は面白い人とだけ付き合えばいいのだ。
というのも、仮にある作家がとてもナイスガイで応援してあげたくても、肝心の作品がつまらないと推しにくいし読む自分自身が苦痛になってしまう。
もちろん名前は出さないけれど、性格が素晴らしくても作品がつまらない人は本をそっ閉じして心の中で頑張ってねと言って終わりである。
変に気を持たせる事もなく、こちらも読んでいて苦痛な作品を読まなくていいからお互いにとって一番良い選択肢になる。一時しのぎの優しさなんぞ、より高い場所から誰かを突き落とすフリになるだけである。
逆に話しているだけで面白い人は圧倒的に強い。こういう人は普通に絡んでいるだけで面白いから、リアル友人と大して変わらない関係を結び上げる事が出来る。
はたから見ていて、人間関係が破綻した人達は上記の法則に違反した人ばかりのような気がする。結局第三者から見ていても利害関係で発言したり動いたりしているのは前後関係のちぐはぐな発言やら行動で見透かす事が出来るし、まあもうちょっとぶっちゃけて言えばいちいち注意を払わなくても分かってしまうぐらい鼻についている。
今まで仲良くなった人ともどこかで関係がぶっ壊れるかもしれないけれど、実はそんなに恐れていないというか、多分相手もそんなに恐れていないと思う。
そういう意味では私は誰よりも馴れ合いをしていないはずなんだけど、誰かが私を褒めてくれて、私が彼を褒め返すとどうもそれは周囲から馴れ合いに映ってしまうらしい。
たまに思うのだけど、匿名掲示板とかで馴れ合いがどうこう言っている人って、誰よりも馴れ合っているんじゃないかと思う。
私が誰かを褒める時はいわゆる宛名があるわけで、それを誰かが閲覧する事はあっても、それがコミュニケートするのはただ一人なわけで、匿名掲示板の愚痴というか誰かに対するいかなる批判も、それは宛名が無いゆえに届けば誰でもいいという薄汚い根性が透けて見えるというか、とにかく誰でもいいから僕の話を聞いて下さいジーザス的な魂の叫びを行間から感じ取ってしまうわけだ。下手したら自分の質問に自分で答えているし。
まあそれはそれとして、作品だけを目安にしておけば人物相関図なんぞ無視して動けるわけですよ。相手が人物相関図を守って無視される事もあるけど。
個人作家でやめていく人って音楽性の違い……もとい、人間関係の疲れやら人生上の変化が9割なんじゃないかと思っているんだけど、こういう予防策を打っておけば、つまらない問題で足をすくわれる事もなくなるわけですよ。
なに、馴れ合いはしない?
いやいや、面白い人とだけ好きなだけ馴れ合いなさい。それはあなたを豊かにしてくれる。
つまらないと感じる人とはあまり関わってはいけまない。それは長い目で見るとどちらも不幸になるのだから。
スポンサーサイト