瑕
- 2017/02/11
- 13:50
時々、あの人は私のことを憶えていてくれているだろうか、なんて思うことがある。
大切な人の記憶から消えてしまうことは、この世界から肉体が消え去ることよりもつらい。
何人かに「この先何があっても私のことを忘れないで欲しい」と伝えたことがある。
状況が状況だったのもあり、自分は死ぬかもしれないと心のどこかで感じていたのだろう。今では考えられない話だけど。
生きるにはいくらかの手法がある。
まずは単純に有機体として生き残る方法。次に魂として存在する方法。そして誰かの思い出として生きる方法がある。
三つ目の方法はしばしばカリスマ性を持つ人が死後望まずに成し遂げる傾向がある。野暮ながらも例示するなら、hideは死後にもなおファンを獲得し続けている。
そういう例外はさておき、普通の人でも思い出になれば誰かの心に居候することは可能になる。亡くなった恋人、家族は悲しみや幸福の残り香とともに誰かの魂に居座ることがある。
カルピスみたいに薄められたセピア色の残滓。
それは甘美な毒物で、じわじわとその人を蝕んでいく。
ある種作家という生き物には、いや、何かを表現する人にはこの迷惑さをものともしない図太さが必要なのかもしれない。
私のことを忘れないで欲しい。
その言外には、私を映し出す思い出のスクリーンとして生きて欲しいという甘ったるくて迷惑な希望があったのだと思う。
あれから幸か不幸か死に損ねて、その人の綴る日常を見る機会があった。
約束から8年が経過していた。
あの人は、まだ、憶えていた。
まだ、憶えていた。
私の顔が思い出せないと泣いていた。
思い出はその人の杖となり、同時にその身を蝕んでいた。
我ながらなんて酷いことをしてしまったのだろうという気持ちがわいてきた。謝ってどうにかなるものではない。
その反面、後悔と相克する嬉しさを無視することが出来なかったのも事実だった。
あなたを傷付けてしまった。ごめんなさい。
だけど、最高に嬉しい。あなたが私のために涙を流してくれることが嬉しい。
きっと人は私のことを最低と言うだろう。でも、最低と罵られようが石を投げつけられようが、人の心に私の抜け殻が棲みつくのは悪い気分じゃない。それは一種の生存だからだ。
だから、あなたが無駄に背負い込んだと思い込んでいる思い出も、つらい過去も、空を見上げてはかの人の幸福を祈る気持ちも、きっと、きっと無駄じゃない。
その重みは、人の心に翼を与えてくれることもある。抜け殻を出て、空を飛び回っていたら素敵じゃないか。
だからあなたには生きて欲しい。
幻想でも、あなたの心に映り続けていられるなら。
この身が世界から消え去っても、自分が存在していられると知っているなら、私はきっとどこまでも幸せなのだろう。
思い出とは厄介な宿痾である。
そして、私はここぞとばかりにその劇薬を利用する。それが私という生き物の本能なのだ。
大切な人の記憶から消えてしまうことは、この世界から肉体が消え去ることよりもつらい。
何人かに「この先何があっても私のことを忘れないで欲しい」と伝えたことがある。
状況が状況だったのもあり、自分は死ぬかもしれないと心のどこかで感じていたのだろう。今では考えられない話だけど。
生きるにはいくらかの手法がある。
まずは単純に有機体として生き残る方法。次に魂として存在する方法。そして誰かの思い出として生きる方法がある。
三つ目の方法はしばしばカリスマ性を持つ人が死後望まずに成し遂げる傾向がある。野暮ながらも例示するなら、hideは死後にもなおファンを獲得し続けている。
そういう例外はさておき、普通の人でも思い出になれば誰かの心に居候することは可能になる。亡くなった恋人、家族は悲しみや幸福の残り香とともに誰かの魂に居座ることがある。
カルピスみたいに薄められたセピア色の残滓。
それは甘美な毒物で、じわじわとその人を蝕んでいく。
ある種作家という生き物には、いや、何かを表現する人にはこの迷惑さをものともしない図太さが必要なのかもしれない。
私のことを忘れないで欲しい。
その言外には、私を映し出す思い出のスクリーンとして生きて欲しいという甘ったるくて迷惑な希望があったのだと思う。
あれから幸か不幸か死に損ねて、その人の綴る日常を見る機会があった。
約束から8年が経過していた。
あの人は、まだ、憶えていた。
まだ、憶えていた。
私の顔が思い出せないと泣いていた。
思い出はその人の杖となり、同時にその身を蝕んでいた。
我ながらなんて酷いことをしてしまったのだろうという気持ちがわいてきた。謝ってどうにかなるものではない。
その反面、後悔と相克する嬉しさを無視することが出来なかったのも事実だった。
あなたを傷付けてしまった。ごめんなさい。
だけど、最高に嬉しい。あなたが私のために涙を流してくれることが嬉しい。
きっと人は私のことを最低と言うだろう。でも、最低と罵られようが石を投げつけられようが、人の心に私の抜け殻が棲みつくのは悪い気分じゃない。それは一種の生存だからだ。
だから、あなたが無駄に背負い込んだと思い込んでいる思い出も、つらい過去も、空を見上げてはかの人の幸福を祈る気持ちも、きっと、きっと無駄じゃない。
その重みは、人の心に翼を与えてくれることもある。抜け殻を出て、空を飛び回っていたら素敵じゃないか。
だからあなたには生きて欲しい。
幻想でも、あなたの心に映り続けていられるなら。
この身が世界から消え去っても、自分が存在していられると知っているなら、私はきっとどこまでも幸せなのだろう。
思い出とは厄介な宿痾である。
そして、私はここぞとばかりにその劇薬を利用する。それが私という生き物の本能なのだ。
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