みんなのために、峻烈さもたまに必要になる
- 2016/10/27
- 00:02
そんなクズと付き合っているよりも、私の相手をした方が楽しいでしょう?
つい最近、水面下でとある作家に飲み屋のお姉ちゃんみたいなセリフを吐きました。
最近思ったのですが、平等という概念はしばしば不均衡を起こすものだと思うのです。
変な迷惑をかけてはいけないので名前は伏せますけど、某インディーズ文芸誌のGがお休みになったのは記憶に新しいですね。
その一方では隙間社さんが主催(?)となってオルタナなる文芸誌をやるらしいですが、Gの運営を見ていて「ですよねー」と思った事があります。
どういうわけか個人作家には「平等」という要素を過剰なまでに固守したがる人がいるらしく、Gに寄稿された作品は早い者勝ちの掲載順だったと記憶しています。
ですが、たとえば漫画雑誌を見ていてもアンケートで上位に来た作品から巻頭カラー扱いで掲載されていくわけで、人気のある作家から紹介していくのはごく自然な考え方だと思うのです。
私ですらアンソロジーで先陣を切った時は「なるべくキャッチーにしよう。マニアックな部分は後続の作家に任せよう」と心がけていました。ある意味これはライブの曲順みたいなもので、自分でセレクトした曲順がSUGIZOのそれと寸分の違いもなく一致してしまった経験のある私としては、コラボ作品を一つの大きな作品と考えて、何を最初に持ってくるかをウンウン唸りながら考えていく過程は非常に重要だと思うのです。
まあ、ぶっちゃけた話、私の作品を読んで本を閉じた人もいたでしょう。でも、「ヤンデレ(私の作品)が面白かったから買った」と言ってくれる読者も実際にいたわけで、そういう評判を見ると嬉しかったですね。
話は脱線しましたが、コラボとか文芸誌的な試みをやる人は、この辺をシビアにやれる人じゃないと厳しいのかもしれません。
「○○○○(大物)が巻頭カラー」みたいな触れ込みがあったら読者は「おおー(テンション↑)」となるかもしれませんが、「××××(ヘボ作家)が巻頭を飾ります!」って書いてあったら読者は「ええ~(不満)」となるだろうし、お目当ての作家がいない読者は一人目のせいで残りの作品はろくすっぽ読まず、星一つのレビューを投入して去っていくかもしれません。自分で言っててブーメランが怖いですが(笑)。
そうなると、やっぱり主催者は査読制度(もしくは査読委員会制度)やらアンケートで人気作から掲載、もしくは主催者の独断で面白い作品から掲載していく非情さが必要になるのではないかと。
しかしそうなると色々と不快な思いもしそうですね。一番に選ばれなかった人は匿名で主催者の悪口を書くかもしれないし、査読委員会の好みが読者の感覚とズレている可能性もあるわけです。ブツブツと内紛をほのめかす呟きを始めるバカも出てくるでしょう。結局どうやっても文句は言われる運命にある。
そういうがんじがらめに遭うぐらいなら、いっそ好きな作家を愛人並みに可愛がった方がよろしいのではないかと。
石井館長がK-1のトーナメントについて「不公平じゃないですか?」と訊かれて「平等は無い」と答えていましたが、本当に本当の意味で平等って存在しないのだと思います。
ブーメラン覚悟で言いますが、ヘボい作家が先陣を切ったら他の作家が割を食うわけで、早くエントリーした順に掲載すれば平等なのかという話が出てくるような気もいたしました。
特に、Gであの作品が冒頭を飾った時、なんで主催者は「ウチはエロ雑誌じゃねえ!」とか「せめてタイトルぐらいなんとかならない?」と突っぱねなかったのか……。あれは痛手だったと思います。
まあ、報復を受ける前にここいらにしておきます。数時間後には私の作品に低レビューが付いているかもしれませんね。
無駄口はさて置き、コラボをやる時には掲載順も大事ですよと、そういう話です。
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