新作の断片
- 2016/03/19
- 11:06
新年になっても幸薄子とは心の壁が消えていなかった。少なくとも怨まれる事はしていないはずなので、毎日無様な姿を曝したせいで呆れているだけなのだと思う。だが、一度交わった女が冷たいというのは精神的にキツいものがある。気付けば幸薄子も年を取り、普通のオバさんに近付きつつある。喋り方がホワホワしているだけに、顔に刻まれつつある小皺とのギャップが痛々しい。
俺自身は少しも変わっていない気がするのに、周囲の景色はあっという間に変化を遂げていく。これが玉手箱を開けた気分なのだろうか。引退したRioは幸せにしているのだろうか。無意味にそんな事を考える。
最近は死んだ後の事ばかり考えている。もはや末期だ。俺の書いた作品が死後誰かの命を救えるだろうかとか、俺が死んだ時に困ったり悲しんだりする人間なんぞもういないのだろうとか、そんな事ばかり。生きる意味というものを見失ってしまった。
俺は何のために生きているのだろう?
こんな片田舎で自尊心をズタズタにされ、家族からは忌避される存在となり、肝心の執筆業でも同業者と泥沼の争いを演じている。愛しかけた女からは愛想を尽かされ、キャバクラでは従業員よりもおべっかを使い、酒に溺れては同じ事を繰り返す。
……もう、生きている意味なんぞ無いのではないか。
俺の脳裏には、武士道めいた高潔さが表出した。武士には切腹があった。彼らにとって敗北とは生きられないほどの恥だったのだ。自分の誇りを命よりも重んじるから、彼らは羨望の眼差しで見られたのだ。
俺はどうだ? ここまで醜態を曝しておきながら、いまだのうのうとこの世にしがみついている。この見苦しさったら無い。
全部、終わらせてしまおうか。そんな衝動が、俺の胸から沸き起こってきた。このまま醜態を曝して生きていくよりも、はるかに潔くていいじゃないか。そんな思いが俺の思考を支配しだした。
冷蔵庫から缶ビールを取り出して呷る。これが最後の酒だ。
アルコールが回りだすと、朦朧としかけた頭で遺書を書いていく。中西やら家族やらに最大限の怨み節を書き連ね、佐藤だけには申し訳ないと残した。汚い字で書かれた遺書をちゃぶ台に残すと、家を出た。
自宅のすぐ近くには国道があって、車の通りも多い。適当な頃合を見て、トラックにでも轢いてもらおう。それが一番楽に死ねそうだ。運転手には申し訳ないが、俺の遺書が見つかればまあ大丈夫だろう。
酔いの回った頭で、しばらく道路を眺めていた。暗闇をいくつものライトが切り裂いていく。その様は美しかった。こんな光景が今まであったのに、俺はそれにすら気付けなかったのだ。やはり俺に作家としての才能なんぞ無かったのだ。
丁度いいところに、向こう側から丸太を積んだトレーラーがやって来た。材木屋の車に轢かれて死ぬのも、俺らしくていいじゃないか。そう思った。
暗闇の中で、トレーラーが近付くのを待った。引きつけておかないと、ハンドルを切ってかわされてしまう。死ぬ時ぐらいは綺麗に一発で死にたい。
巨大な車体がずんずんと近付いてきた。大丈夫だ、遺書はもう書いた。もう思い残す事など無い。もし生まれ変われるのであれば、次は文才のある人間として生まれたい。死に際になっても書く事を考えている俺。それも今日すべて終わる。
トレーラーが目の前まで来ると、俺は国道に飛び出した。それと同時に、盛大なクラクションが鳴らされる。俺は目を閉じて、終わりの時を待った。
俺自身は少しも変わっていない気がするのに、周囲の景色はあっという間に変化を遂げていく。これが玉手箱を開けた気分なのだろうか。引退したRioは幸せにしているのだろうか。無意味にそんな事を考える。
最近は死んだ後の事ばかり考えている。もはや末期だ。俺の書いた作品が死後誰かの命を救えるだろうかとか、俺が死んだ時に困ったり悲しんだりする人間なんぞもういないのだろうとか、そんな事ばかり。生きる意味というものを見失ってしまった。
俺は何のために生きているのだろう?
こんな片田舎で自尊心をズタズタにされ、家族からは忌避される存在となり、肝心の執筆業でも同業者と泥沼の争いを演じている。愛しかけた女からは愛想を尽かされ、キャバクラでは従業員よりもおべっかを使い、酒に溺れては同じ事を繰り返す。
……もう、生きている意味なんぞ無いのではないか。
俺の脳裏には、武士道めいた高潔さが表出した。武士には切腹があった。彼らにとって敗北とは生きられないほどの恥だったのだ。自分の誇りを命よりも重んじるから、彼らは羨望の眼差しで見られたのだ。
俺はどうだ? ここまで醜態を曝しておきながら、いまだのうのうとこの世にしがみついている。この見苦しさったら無い。
全部、終わらせてしまおうか。そんな衝動が、俺の胸から沸き起こってきた。このまま醜態を曝して生きていくよりも、はるかに潔くていいじゃないか。そんな思いが俺の思考を支配しだした。
冷蔵庫から缶ビールを取り出して呷る。これが最後の酒だ。
アルコールが回りだすと、朦朧としかけた頭で遺書を書いていく。中西やら家族やらに最大限の怨み節を書き連ね、佐藤だけには申し訳ないと残した。汚い字で書かれた遺書をちゃぶ台に残すと、家を出た。
自宅のすぐ近くには国道があって、車の通りも多い。適当な頃合を見て、トラックにでも轢いてもらおう。それが一番楽に死ねそうだ。運転手には申し訳ないが、俺の遺書が見つかればまあ大丈夫だろう。
酔いの回った頭で、しばらく道路を眺めていた。暗闇をいくつものライトが切り裂いていく。その様は美しかった。こんな光景が今まであったのに、俺はそれにすら気付けなかったのだ。やはり俺に作家としての才能なんぞ無かったのだ。
丁度いいところに、向こう側から丸太を積んだトレーラーがやって来た。材木屋の車に轢かれて死ぬのも、俺らしくていいじゃないか。そう思った。
暗闇の中で、トレーラーが近付くのを待った。引きつけておかないと、ハンドルを切ってかわされてしまう。死ぬ時ぐらいは綺麗に一発で死にたい。
巨大な車体がずんずんと近付いてきた。大丈夫だ、遺書はもう書いた。もう思い残す事など無い。もし生まれ変われるのであれば、次は文才のある人間として生まれたい。死に際になっても書く事を考えている俺。それも今日すべて終わる。
トレーラーが目の前まで来ると、俺は国道に飛び出した。それと同時に、盛大なクラクションが鳴らされる。俺は目を閉じて、終わりの時を待った。
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