次回作の断片
- 2016/03/06
- 11:35
今日は初面接の日だ。とは言っても、大して緊張していない。なぜなら俺は数ヶ月先に発表を控えている文学賞を獲得して作家となるのだから。これからするのは就職活動を実地で経験するための取材で、その結果がどうだろうが知った事じゃない。どれだけ無残な結果に終わっても、それが作品に反映されれば勝ちなのだ。
俺は強気だった。ペンという武器を手に入れた瞬間、何にでも勝てる気がした。
俺が受けた面接はよく分からないメディア系企業――社名すら憶えていない――の一次面接で、この会社はお抱えの記者になれそうな人間を探しているとの事だった。
やや、就職にまで文芸の風が吹いてきたぞ。まさに俺にピッタリな仕事じゃないか。何よりも、人にへいこらと頭を下げなくていいというのが魅力だ。営業職の人間を見て思うのだが、誰が好き好んで自分より劣った人間に尻尾を振らないといけないのか。日本という国に鬱病患者が増えている主因はそういった行為を一般人に強制させるからだ。好きでもない人間に媚びへつらうのはアイドルか夜の蝶だけでいい。
面接会場の廊下で、静かに自分の出番を待つ。その間に競争相手を観察する。一次選考は集団面接の形式なので、俺を含んだグループでよほどダメな奴が落とされる事になる。
ポーカーフェイスで他のメンツをチェックすると、どいつも冴えない学生という感じだった。いかにもバイト経験すら無い朴訥な顔立ちの男子学生、そしてリクルートスーツという武器に身を包んでもいまいち可愛さが増していないニキビ面の女子大生。彼女はきっと自分の貞操観念に誇りを持っているタイプだ。ああ、こいつらなら普通に勝てる。自分よりも下の人間を見ていると心というのは満たされていくものだ。俺が就職活動で経験した初めての優越感かもしれない。
三人で部屋に入ると、くたびれた五十代ぐらいの男性面接官が待っていた。頬はこけて頭は幾分ハゲかかっている。宣伝面からしたら逆効果になりそうな面接官だがいいのだろうか。俺達は手短に挨拶を済ませると、そのまま椅子に座って質問を受ける。
「それでは月並みですが、なぜこの会社を志望したのかを教えていただけますか?」
最初に当てられたのは朴訥ボーイだった。修羅場を潜った雰囲気はないから、何も答えられないんじゃないかとこっちが心配になる。
「はい。私はかねてから文章を書く仕事が好きでした」
なんだと? 俺と同じ志望動機じゃないか。人の志望動機をパクりやがって。
「それで、御社のホームページでは『人に夢を与える仕事を』というキーワードがありました。これが私の心に響いたのです」
無難すぎるヨイショに、面接官は無言で頷く。
「文章好きが高じて、趣味で通販のレビューも書いていたんです。それでですね、こんな事を言ったら笑われるかもしれませんが、私のレビューを読んで商品を購入してくれた人が何人かいたんです。直接メッセージもいただきました。
それで気付いたんです。自分が気に入った商品の良さを伝える行為っていうのは何も言葉だけでなくてもいいんだなって。私はどちらかと言えば口下手ですし、文章の方がコミュニケーションのツールとしては得意なんです。ですから、御社のライター業はまさに私にとって適職であると、そう感じたんです。単純な理由がきっかけかもしれませんが、御社の業務では商品の販促文を書いたら社員別にランク付けして評価すると書かれていました。そういうハングリーな競争をさせていただける環境が私にとっては魅力的に見えたんです。加えて御社の経営状況はここ数年右肩上がりですし、この機会を逃すのはありえないという思いです」
「なるほど。よく分かりました」
……。俺は少しばかり焦りだした。格下だと思っていた朴訥男子が、思いのほかまともな回答をしたからだ。さっきまで憐憫すらかけていた敵は、想像以上に実力を持っていたというか、普通に勝てない気がする。
そんな俺へ追い討ちをかけるように、貞淑ガールが口を開く。
「わたしも出版業界を目指した理由は単純でして、単に読書好きだったという事が大きいです。でも、それだけじゃありません。
わたしは海外に留学していた事がありまして、そこで出版関係の経営を学んだり、現地の企業でインターン活動を経験して、出版という業務に携わる企業がどんな集団なのかという事をしつこいぐらいに模索してきました。
昨今は出版不況でどこの企業さんも厳しい経営が続いていますが、わたしは海外での出版事情の知識がありますし、それを業界に発信していく事により、この未曾有の出版不況という大海に一石を投じる事が出来ると信じています。わたしには知識も意欲もあります。御社が躍進するための一助になれましたら、これよりも幸いな事はありません。どうかよろしくお願いします」
気付けば俺は酸欠になっていた。何だ? 何を言ってるんだこいつらは?
低俗な書き込みや投稿ばかりを繰り返してきた俺には、彼らの会話が全く理解出来ない。
なんだこれは? 話が違うじゃないか。一次選考にはスライムみたいに低レベル奴らが集まってくるはずじゃなかったのか?
まさか――スライムとは俺自身の事だったのか……!
この衝撃を何と喩えれば適切なのだろう? 温和な草食動物だと思っていたカバが、実は思いのほか凶暴だった時のショックに近しいものがある。
「それでは最後にあなたの志望動機をお願いします」
くたびれ面接官はにこやかにこの俺へと話を振った。オーマイガッド、さっき二人が披露した志望動機は、俺の明晰さを完全に破壊しつくしてしまった。
「あ、あ、あの……。アレです。アレですよ」
「それは何ですか?」
面接官的には優しくフォローしてくれているのだろうが、俺にはこの中年が薄笑いを浮かべながらプレッシャーをかけてくる敵にしか見えない。
「わ、私は作家志望でして……」
「はあ」
もう正直に話すしかない。俺は覚悟を決めた。
「今でも小説を出版社に投稿しているんですけども、それだけじゃ食っていけないと思ったんです。それじゃあどういう所で働いたらいいのかな? と考えた時に、なるべく作家に近い仕事が出来たらな、と思ったわけです。そこで貴社の仕事を見つけまして……。えっと、それで……そう、こちらのライター業務で腕を磨きつつ、作家を目指すという手もあるなと思ったんです。それが動機です、はい」
「それじゃあウチに来るのは作家になるための腰掛にするためという事かな?」
「いや、そんなんじゃないです。仕事をやればちゃんとやりますし……。あの、いくら目標があったって、そうでないものをないがしろにする事なんて無いですから、普通に」
面接官の切り返しになんとか鋭いカウンターを放つ。その場で相手の納得出来る返しを思いつくところはさすが作家の卵というところだろうか。我ながら自分の才能に惚れ惚れする。
「なるほど……よく、分かりました」
面接官は質問を終えた。なんだか苦笑いしているようにも感じられたが、もしかしたら『こりゃとんでもない本物が現れたぞ』という気持ちなのかもしれない。俺には小賢しい言葉のテクニックは無かったが、熱い想いをぶつける能力はあったのだ。
面接の流れは以後も同様に続いた。
最初の二人が小賢しい話を披露して、最後の俺は酸欠になりながらも熱い想いをぶつける。そんな流れだった。綺麗だがこじんまりと完成してしまっている二人と、荒削りだが熱い想いを秘めた俺。面接官がどちらを選ぶのかでこの会社の行く末はある程度見えている気がする。
出版業界に必要なのは熱意と革命なのだ。この俺をパートナーに選んでこそ、この会社の未来は開かれるのだ。こんなに地味な二人を手に入れてどうする? どうせ判で押したような仕事しか出来ないテンプレ野郎だろう。
初めての面接を終えた俺は強気だった。社会は俺を求めている。そう考えると勇気が湧いた。
やはり就職活動は俺に恩恵をもたらした。考えてみれば専業作家なんて数えるほどしかいないわけで、多くの作家は会社員等の兼業で作家業をこなしている。専業一本でやっていくためには新作を出しただけで重版確定のような作家になる必要がある。それは並大抵の事じゃない。
今までは専業作家一本で生きていこうと思っていたが、作戦変更だ。たとえ作家になれたとしても、そんなに簡単には筆一本で自活出来ないだろう。だから、まずは将来的に専業作家でやっていけるだけの地固めが必要なのだ。
やる気になった俺は怪気炎を上げていた。むしろ就職活動を放り投げていた期間は俺に後が無い者だけが持つ覇気を与えてくれた。
俺は作家になるのだ。何がなんでも作家になるのだ。
俺は強気だった。ペンという武器を手に入れた瞬間、何にでも勝てる気がした。
俺が受けた面接はよく分からないメディア系企業――社名すら憶えていない――の一次面接で、この会社はお抱えの記者になれそうな人間を探しているとの事だった。
やや、就職にまで文芸の風が吹いてきたぞ。まさに俺にピッタリな仕事じゃないか。何よりも、人にへいこらと頭を下げなくていいというのが魅力だ。営業職の人間を見て思うのだが、誰が好き好んで自分より劣った人間に尻尾を振らないといけないのか。日本という国に鬱病患者が増えている主因はそういった行為を一般人に強制させるからだ。好きでもない人間に媚びへつらうのはアイドルか夜の蝶だけでいい。
面接会場の廊下で、静かに自分の出番を待つ。その間に競争相手を観察する。一次選考は集団面接の形式なので、俺を含んだグループでよほどダメな奴が落とされる事になる。
ポーカーフェイスで他のメンツをチェックすると、どいつも冴えない学生という感じだった。いかにもバイト経験すら無い朴訥な顔立ちの男子学生、そしてリクルートスーツという武器に身を包んでもいまいち可愛さが増していないニキビ面の女子大生。彼女はきっと自分の貞操観念に誇りを持っているタイプだ。ああ、こいつらなら普通に勝てる。自分よりも下の人間を見ていると心というのは満たされていくものだ。俺が就職活動で経験した初めての優越感かもしれない。
三人で部屋に入ると、くたびれた五十代ぐらいの男性面接官が待っていた。頬はこけて頭は幾分ハゲかかっている。宣伝面からしたら逆効果になりそうな面接官だがいいのだろうか。俺達は手短に挨拶を済ませると、そのまま椅子に座って質問を受ける。
「それでは月並みですが、なぜこの会社を志望したのかを教えていただけますか?」
最初に当てられたのは朴訥ボーイだった。修羅場を潜った雰囲気はないから、何も答えられないんじゃないかとこっちが心配になる。
「はい。私はかねてから文章を書く仕事が好きでした」
なんだと? 俺と同じ志望動機じゃないか。人の志望動機をパクりやがって。
「それで、御社のホームページでは『人に夢を与える仕事を』というキーワードがありました。これが私の心に響いたのです」
無難すぎるヨイショに、面接官は無言で頷く。
「文章好きが高じて、趣味で通販のレビューも書いていたんです。それでですね、こんな事を言ったら笑われるかもしれませんが、私のレビューを読んで商品を購入してくれた人が何人かいたんです。直接メッセージもいただきました。
それで気付いたんです。自分が気に入った商品の良さを伝える行為っていうのは何も言葉だけでなくてもいいんだなって。私はどちらかと言えば口下手ですし、文章の方がコミュニケーションのツールとしては得意なんです。ですから、御社のライター業はまさに私にとって適職であると、そう感じたんです。単純な理由がきっかけかもしれませんが、御社の業務では商品の販促文を書いたら社員別にランク付けして評価すると書かれていました。そういうハングリーな競争をさせていただける環境が私にとっては魅力的に見えたんです。加えて御社の経営状況はここ数年右肩上がりですし、この機会を逃すのはありえないという思いです」
「なるほど。よく分かりました」
……。俺は少しばかり焦りだした。格下だと思っていた朴訥男子が、思いのほかまともな回答をしたからだ。さっきまで憐憫すらかけていた敵は、想像以上に実力を持っていたというか、普通に勝てない気がする。
そんな俺へ追い討ちをかけるように、貞淑ガールが口を開く。
「わたしも出版業界を目指した理由は単純でして、単に読書好きだったという事が大きいです。でも、それだけじゃありません。
わたしは海外に留学していた事がありまして、そこで出版関係の経営を学んだり、現地の企業でインターン活動を経験して、出版という業務に携わる企業がどんな集団なのかという事をしつこいぐらいに模索してきました。
昨今は出版不況でどこの企業さんも厳しい経営が続いていますが、わたしは海外での出版事情の知識がありますし、それを業界に発信していく事により、この未曾有の出版不況という大海に一石を投じる事が出来ると信じています。わたしには知識も意欲もあります。御社が躍進するための一助になれましたら、これよりも幸いな事はありません。どうかよろしくお願いします」
気付けば俺は酸欠になっていた。何だ? 何を言ってるんだこいつらは?
低俗な書き込みや投稿ばかりを繰り返してきた俺には、彼らの会話が全く理解出来ない。
なんだこれは? 話が違うじゃないか。一次選考にはスライムみたいに低レベル奴らが集まってくるはずじゃなかったのか?
まさか――スライムとは俺自身の事だったのか……!
この衝撃を何と喩えれば適切なのだろう? 温和な草食動物だと思っていたカバが、実は思いのほか凶暴だった時のショックに近しいものがある。
「それでは最後にあなたの志望動機をお願いします」
くたびれ面接官はにこやかにこの俺へと話を振った。オーマイガッド、さっき二人が披露した志望動機は、俺の明晰さを完全に破壊しつくしてしまった。
「あ、あ、あの……。アレです。アレですよ」
「それは何ですか?」
面接官的には優しくフォローしてくれているのだろうが、俺にはこの中年が薄笑いを浮かべながらプレッシャーをかけてくる敵にしか見えない。
「わ、私は作家志望でして……」
「はあ」
もう正直に話すしかない。俺は覚悟を決めた。
「今でも小説を出版社に投稿しているんですけども、それだけじゃ食っていけないと思ったんです。それじゃあどういう所で働いたらいいのかな? と考えた時に、なるべく作家に近い仕事が出来たらな、と思ったわけです。そこで貴社の仕事を見つけまして……。えっと、それで……そう、こちらのライター業務で腕を磨きつつ、作家を目指すという手もあるなと思ったんです。それが動機です、はい」
「それじゃあウチに来るのは作家になるための腰掛にするためという事かな?」
「いや、そんなんじゃないです。仕事をやればちゃんとやりますし……。あの、いくら目標があったって、そうでないものをないがしろにする事なんて無いですから、普通に」
面接官の切り返しになんとか鋭いカウンターを放つ。その場で相手の納得出来る返しを思いつくところはさすが作家の卵というところだろうか。我ながら自分の才能に惚れ惚れする。
「なるほど……よく、分かりました」
面接官は質問を終えた。なんだか苦笑いしているようにも感じられたが、もしかしたら『こりゃとんでもない本物が現れたぞ』という気持ちなのかもしれない。俺には小賢しい言葉のテクニックは無かったが、熱い想いをぶつける能力はあったのだ。
面接の流れは以後も同様に続いた。
最初の二人が小賢しい話を披露して、最後の俺は酸欠になりながらも熱い想いをぶつける。そんな流れだった。綺麗だがこじんまりと完成してしまっている二人と、荒削りだが熱い想いを秘めた俺。面接官がどちらを選ぶのかでこの会社の行く末はある程度見えている気がする。
出版業界に必要なのは熱意と革命なのだ。この俺をパートナーに選んでこそ、この会社の未来は開かれるのだ。こんなに地味な二人を手に入れてどうする? どうせ判で押したような仕事しか出来ないテンプレ野郎だろう。
初めての面接を終えた俺は強気だった。社会は俺を求めている。そう考えると勇気が湧いた。
やはり就職活動は俺に恩恵をもたらした。考えてみれば専業作家なんて数えるほどしかいないわけで、多くの作家は会社員等の兼業で作家業をこなしている。専業一本でやっていくためには新作を出しただけで重版確定のような作家になる必要がある。それは並大抵の事じゃない。
今までは専業作家一本で生きていこうと思っていたが、作戦変更だ。たとえ作家になれたとしても、そんなに簡単には筆一本で自活出来ないだろう。だから、まずは将来的に専業作家でやっていけるだけの地固めが必要なのだ。
やる気になった俺は怪気炎を上げていた。むしろ就職活動を放り投げていた期間は俺に後が無い者だけが持つ覇気を与えてくれた。
俺は作家になるのだ。何がなんでも作家になるのだ。
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