「悪人の系譜」断片
- 2015/12/24
- 13:00
(新作の「悪人の系譜」から一部抜粋します)
ザ・落伍者と化していた俺は、言ってみればアクティブなニートだった。
相も変わらず街へ繰り出しては喧嘩をおっぱじめ、誰かを半殺しにしては相手の身内やら警察から目を付けられて抗争をこじらせる。だが、そんなどうしようもない日にも終焉がやってきた。
力を持て余していた俺に、知人を通じて地下格闘技のオファーが舞い込んだ。もちろん違法でひっそりと開催している大会で、そこでは賭博も行われている。世界中からならず者が集まって闘うらしいのだが、あまりに過激なルールのせいですぐに選手不足になるんだそうだ。
ちょうど暇を持て余していたところだ。面白そうだったから、俺は二つ返事でその打診を受けることにした。そこで知り合ったのが大二郎だった。あいつは運営側の一人だった。
大二郎曰く、俺はこれから金網に入ってほぼノールールのボクシングマッチに身を投じることになる。「ほぼノールールのボクシングって何だよ」と訊いてみたら、基本的には金網で行われるボクシングの試合なのだが、実際は反則だらけの内容になるんだそうだ。興を削がないように、レフリーもあえて無能な奴を揃えているらしい。
試合に判定はなく、完全に相手を叩き潰すまで続く。だから選手の消耗が激しいんだそうだ。俺はこれからそんな闘いに身を投じるわけだ。
どういうわけか、「死ぬかもしれない」なんて言われちまうと、かえってワクワクしてしまうものだ。逆に言えば、俺が相手をブチ殺しても誰も文句は言わないってことだからな。そういうわけで、俺は試合を楽しみにしていた。
笑えることに、契約を結んだら試合は即日開催されることになった。そもそもが違法の格闘技だし、賭博も絡んでいるから集客は一定のルートで管理されている。だから興行に根回しなんて必要ないわけだ。
どうせ試合が先延ばしになっても俺はろくに練習もしなかっただろう。なにせ俺は天才だとわかりきっていたからな。あまりにも天才すぎて、ボクシング界もキック界も、そして総合の世界も、光り輝く才能にビビって天才を追い出したのさ。だから俺はこの場所にやって来たんだ。そんな俺が負けるわけがないだろう。
――試合は深夜に開催された。
大二郎のやっているラーメン屋の梯子を降りると、そこにはデカい地下室があった。そこが俺のリングであり賭場であったというわけだ。
地下室には裸電球がいくらかぶら下がっているだけで、読書をしたら短期間で視力が下がりそうな空間だった。そして窓がないから、室内は常に蒸し暑い。上がラーメン屋のせいか、ダシと汗の匂いが混ざって悪臭が籠もり、最初の頃はキツかった。
個人の持ち物としてはデカい地下室とはいえ、大勢の人間が集まったら各々の空間は狭い。だから、リングの外で試合に関係のない喧嘩も頻繁に起こったし、人目も憚らずに薬物をキメる奴やセックスをおっぱじめる男女すらいた。そんなイカれた空間だ。
俺はカーテンで仕切っただけの狭い控え室にいた。ナックルダスター越しにテーピングをグルグルと巻いた。これが命中すれば、相手はタダでは済まない。加えて筋力トレーニングで肥大化した俺の身体は一〇〇キロに到達しようとしていた。つまるところ、俺に負ける要素など無かった。
試合の開始が告げられ、俺は自信満々でリングへと出て行く。前方には金網の立方体があって、その中には申し訳程度にショボいリングが設置されていた。
「俺と闘う哀れな選手用にスレッジハンマーでも用意しておくべきなんじゃないのか?」
軽口を叩きながら金網に入る。周囲の観客は安全な所から俺を囃し立てたが、俺と目が合うと誰一人視線を外さないでいられる奴はいなかった。
いいぜ。いつでも来いよ。ぶっ殺してやるから。
そう思っていると、向こう側からこれまた筋肉ダルマみたいな野郎が現れた。暗いから細部の確認はできないが、どうも黒人か黒人の血を引いた日本人らしかった。まあどうでもいい。お前はこの俺にブチのめされる運命なのだ。
対戦相手を穴が開くほど睨みつけていると、間にリーゼントの頭をしたレフリーが入ってくる。大二郎の説明通り、こいつは無能そうな顔をしていやがる。
レフリーが試合に関する注意らしきものをぶつくさ呟いているものの、周囲がうるさいのとレフリーの言語が不明瞭すぎて何を言っているのかさっぱりわからない。俺が反則をしたらお前のせいだ。
「ファイト!」
ゴングを買う金が無かったのか、レフリーの一声で試合は始まる。
俺はガードを上げて鉄の拳で顔面を守りつつ、相手の様子を窺う。いくら俺が天才とはいえ、何をしてくるかわからない筋肉ダルマ相手に無防備な突進をするのは愚策というものだ。
だが黒人も俺と似たような考えを持っていたみたいで、ガードを固めながら重心を落とし、ゆらゆらと身体を動かしている。
金網の周囲からは下品な野次が飛んでくる。その声から判断するに、目の前の黒人はマイクという名前のようだった。ヘイマイク、これからお前をぶっ潰すぜ。
ザ・落伍者と化していた俺は、言ってみればアクティブなニートだった。
相も変わらず街へ繰り出しては喧嘩をおっぱじめ、誰かを半殺しにしては相手の身内やら警察から目を付けられて抗争をこじらせる。だが、そんなどうしようもない日にも終焉がやってきた。
力を持て余していた俺に、知人を通じて地下格闘技のオファーが舞い込んだ。もちろん違法でひっそりと開催している大会で、そこでは賭博も行われている。世界中からならず者が集まって闘うらしいのだが、あまりに過激なルールのせいですぐに選手不足になるんだそうだ。
ちょうど暇を持て余していたところだ。面白そうだったから、俺は二つ返事でその打診を受けることにした。そこで知り合ったのが大二郎だった。あいつは運営側の一人だった。
大二郎曰く、俺はこれから金網に入ってほぼノールールのボクシングマッチに身を投じることになる。「ほぼノールールのボクシングって何だよ」と訊いてみたら、基本的には金網で行われるボクシングの試合なのだが、実際は反則だらけの内容になるんだそうだ。興を削がないように、レフリーもあえて無能な奴を揃えているらしい。
試合に判定はなく、完全に相手を叩き潰すまで続く。だから選手の消耗が激しいんだそうだ。俺はこれからそんな闘いに身を投じるわけだ。
どういうわけか、「死ぬかもしれない」なんて言われちまうと、かえってワクワクしてしまうものだ。逆に言えば、俺が相手をブチ殺しても誰も文句は言わないってことだからな。そういうわけで、俺は試合を楽しみにしていた。
笑えることに、契約を結んだら試合は即日開催されることになった。そもそもが違法の格闘技だし、賭博も絡んでいるから集客は一定のルートで管理されている。だから興行に根回しなんて必要ないわけだ。
どうせ試合が先延ばしになっても俺はろくに練習もしなかっただろう。なにせ俺は天才だとわかりきっていたからな。あまりにも天才すぎて、ボクシング界もキック界も、そして総合の世界も、光り輝く才能にビビって天才を追い出したのさ。だから俺はこの場所にやって来たんだ。そんな俺が負けるわけがないだろう。
――試合は深夜に開催された。
大二郎のやっているラーメン屋の梯子を降りると、そこにはデカい地下室があった。そこが俺のリングであり賭場であったというわけだ。
地下室には裸電球がいくらかぶら下がっているだけで、読書をしたら短期間で視力が下がりそうな空間だった。そして窓がないから、室内は常に蒸し暑い。上がラーメン屋のせいか、ダシと汗の匂いが混ざって悪臭が籠もり、最初の頃はキツかった。
個人の持ち物としてはデカい地下室とはいえ、大勢の人間が集まったら各々の空間は狭い。だから、リングの外で試合に関係のない喧嘩も頻繁に起こったし、人目も憚らずに薬物をキメる奴やセックスをおっぱじめる男女すらいた。そんなイカれた空間だ。
俺はカーテンで仕切っただけの狭い控え室にいた。ナックルダスター越しにテーピングをグルグルと巻いた。これが命中すれば、相手はタダでは済まない。加えて筋力トレーニングで肥大化した俺の身体は一〇〇キロに到達しようとしていた。つまるところ、俺に負ける要素など無かった。
試合の開始が告げられ、俺は自信満々でリングへと出て行く。前方には金網の立方体があって、その中には申し訳程度にショボいリングが設置されていた。
「俺と闘う哀れな選手用にスレッジハンマーでも用意しておくべきなんじゃないのか?」
軽口を叩きながら金網に入る。周囲の観客は安全な所から俺を囃し立てたが、俺と目が合うと誰一人視線を外さないでいられる奴はいなかった。
いいぜ。いつでも来いよ。ぶっ殺してやるから。
そう思っていると、向こう側からこれまた筋肉ダルマみたいな野郎が現れた。暗いから細部の確認はできないが、どうも黒人か黒人の血を引いた日本人らしかった。まあどうでもいい。お前はこの俺にブチのめされる運命なのだ。
対戦相手を穴が開くほど睨みつけていると、間にリーゼントの頭をしたレフリーが入ってくる。大二郎の説明通り、こいつは無能そうな顔をしていやがる。
レフリーが試合に関する注意らしきものをぶつくさ呟いているものの、周囲がうるさいのとレフリーの言語が不明瞭すぎて何を言っているのかさっぱりわからない。俺が反則をしたらお前のせいだ。
「ファイト!」
ゴングを買う金が無かったのか、レフリーの一声で試合は始まる。
俺はガードを上げて鉄の拳で顔面を守りつつ、相手の様子を窺う。いくら俺が天才とはいえ、何をしてくるかわからない筋肉ダルマ相手に無防備な突進をするのは愚策というものだ。
だが黒人も俺と似たような考えを持っていたみたいで、ガードを固めながら重心を落とし、ゆらゆらと身体を動かしている。
金網の周囲からは下品な野次が飛んでくる。その声から判断するに、目の前の黒人はマイクという名前のようだった。ヘイマイク、これからお前をぶっ潰すぜ。
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