「悪人の系譜」断片
- 2015/12/22
- 23:37
(新作の「悪人の系譜」から一部抜粋します)
喧嘩を繰り返しては警察の厄介になる俺は、もはや母親や親戚からも見放された存在になっていた。この時に由愛(ゆめ)と同居していなくて本当に良かったと思う。
ある日、警察に言われた。そんなに人を殴りたければ格闘技でもやれと。
名案だと思った。なんで今まで気付かなかったのだろう? それこそ俺のためにあるような職業じゃないか。人を殴って金がもらえるなんて、クズにとってこれ以上に素晴らしい職業があるはずがない。
思うが早く、俺はボクシングジムの門を叩いた。この拳を社会の役に立てられるのであれば、それはこの方法しかないだろう。
きっとこれは運命だ。この日天龍墓石(てんりゅう とうむ)が世界チャンピオンになることは確定したのだ。なにせ俺は自分よりデカい人間を片っ端から粉砕してきて今に至るまで負けが無い。天才以外の何物でもないのだから。
実際にトレーニングを始めた俺は天才と呼ばれた。そもそも負けたら死ぬかもしれない闘いを潜り抜けてきたのだから、そこらの人間とはモノが違う。
調子に乗った俺は、練習初日にプロボクサーとスパーリングをした。相手を倒し損ねたものの、ダメージは俺の方が与えたはずだ。対戦相手はフルフェイス型のヘッドギアをしていたにも関わらず、鼻から出血して息を切らせていた。
だが、俺が夢見た黄金時代は早くも崩れ去る。
ある日、半殺しにしたことがある連中が俺の帰りを待ち伏せしていやがった。ちょうど体力も有り余っていたし、実践経験にもなるじゃないかと、俺はそいつらの相手をすることにした。相手の人数は三人。これまた舐められたものだ。
俺はその場で軽やかにステップを踏む。そのまま、余裕を持って相手を観察する。三人は散開するように俺を取り囲むと、ちょうど矢印のような陣形で突っ込んできた。
だが、丸腰の男三人の相手をするなんて俺にはワケなかった。正面の相手に左フックで飛び込むと、顎を一撃で砕かれたそいつはあっけなく大の字になった。
俺が瞬時に飛び込んだことによって、他の二人は俺を挟み撃ちするタイミングを逃し、その場で足踏み状態になっていた。しかも、目の前でノックアウトされた仲間の姿に呆然としているときたもんだ。こうなると勝負ありと言われても仕方がない。
俺は身体の向きを変えると、近くにいる野郎のアバラに左ボディーを突き刺した。実際にはレバーフックが上にずれただけなんだが、俺の拳には骨の砕ける感触が残る。
ヤバそうな色のゲロを吐く相手を尻目に、最後の三人目へと襲いかかる。ようやく我に返った相手はヤケクソ気味にフックを振り回すが、そんなものが俺に当たるはずがない。俺はフックをスウェーバックでかわすと、バランスを崩した相手に容赦なく右ストレートを打ち込んだ。その右拳は、ライフルで狙撃したみたいに相手の身体をぶっ飛ばしたのだった。
気絶二人、ゲロ吐いて悶絶中が一人。勝負あり。やはりザコはザコでしかなかった。まだ一人は意識があるのでどうしてくれようかと思ったが、これ以上殴るよりは金で解決した方が大人だろうということで、そいつの財布から有り金全部を抜き取った。
一方的とはいえ、なかなかいい練習になった。俺は上機嫌で帰路に着いた。
だが、一日経って、俺は自分のしでかしたことの重大さを思い知らされることになる。俺から金を巻き上げられた連中が、自分から喧嘩を売りやがったくせに俺を恐喝で通報しやがったからだ。俺は警察のお世話になるという恒例のパターンに戻ったわけだ。
まったく、俺にはボクシングの世界で王者になるという仕事が残っているというのに。こんなことで時間を取られるのが、なんとも理不尽だった。
だが、俺を失望させたことはこんなもんじゃない。
刑事事件を起こした俺の情報がジム側にまで伝わり、即日クビを言い渡された。まだプロになってもいないのにクビにするのはちょっとおかしいんじゃないかと思ったが、どうやらジム側がもう俺とは関わり合いになりたくないのだそうだ。
ようやくこの拳の行き場を見つけたのに。俺の中で、何かが崩れた。
だが、今回に関しては俺にも自省する心があったというか、この道から外れたら本格的に人間社会で生きていくのは不可能だとわかっていた。だから、俺はさっさと次のフィールドに向かうことにした。
ボクシングがダメになった俺は、今度はキックボクシングと総合格闘技のジムに通いだした。二束の草鞋を履くことにしたのは、今回のようなトラブルで足止めを喰っても他の選択肢があるようにするためだ。
だが、それらもすぐダメになった。というのも、俺はまた喧嘩沙汰でジムをクビになったからだ。これほど短期間で三つのジムをクビになった人間もいないだろう。
途方に暮れた。久しぶりに途方に暮れた。
俺は河川敷の草に寝転んで、意味もなく太陽を眺めていた。屈辱だ。ここまで自分が社会から弾き出されてしまうというのは。
大体格闘技をやっている人間なんてどうしようもない不良がほとんどじなんじゃないのか? もしかしたら、元不良が多いというだけで、現在進行形のクズは居場所がないということなのだろうか? だとしたら俺の行くところではなかったな。
だが俺は生きなければならない。働いていないから腹が減らないということはないのだ。だからごく潰しなのか。
何でもいい。何か考えよう。あんなクソ親に養ってもらっているというのはいくらなんでも残念すぎる。
さて、何をする?
思いつかない。
それじゃあ明日考えよう。
喧嘩を繰り返しては警察の厄介になる俺は、もはや母親や親戚からも見放された存在になっていた。この時に由愛(ゆめ)と同居していなくて本当に良かったと思う。
ある日、警察に言われた。そんなに人を殴りたければ格闘技でもやれと。
名案だと思った。なんで今まで気付かなかったのだろう? それこそ俺のためにあるような職業じゃないか。人を殴って金がもらえるなんて、クズにとってこれ以上に素晴らしい職業があるはずがない。
思うが早く、俺はボクシングジムの門を叩いた。この拳を社会の役に立てられるのであれば、それはこの方法しかないだろう。
きっとこれは運命だ。この日天龍墓石(てんりゅう とうむ)が世界チャンピオンになることは確定したのだ。なにせ俺は自分よりデカい人間を片っ端から粉砕してきて今に至るまで負けが無い。天才以外の何物でもないのだから。
実際にトレーニングを始めた俺は天才と呼ばれた。そもそも負けたら死ぬかもしれない闘いを潜り抜けてきたのだから、そこらの人間とはモノが違う。
調子に乗った俺は、練習初日にプロボクサーとスパーリングをした。相手を倒し損ねたものの、ダメージは俺の方が与えたはずだ。対戦相手はフルフェイス型のヘッドギアをしていたにも関わらず、鼻から出血して息を切らせていた。
だが、俺が夢見た黄金時代は早くも崩れ去る。
ある日、半殺しにしたことがある連中が俺の帰りを待ち伏せしていやがった。ちょうど体力も有り余っていたし、実践経験にもなるじゃないかと、俺はそいつらの相手をすることにした。相手の人数は三人。これまた舐められたものだ。
俺はその場で軽やかにステップを踏む。そのまま、余裕を持って相手を観察する。三人は散開するように俺を取り囲むと、ちょうど矢印のような陣形で突っ込んできた。
だが、丸腰の男三人の相手をするなんて俺にはワケなかった。正面の相手に左フックで飛び込むと、顎を一撃で砕かれたそいつはあっけなく大の字になった。
俺が瞬時に飛び込んだことによって、他の二人は俺を挟み撃ちするタイミングを逃し、その場で足踏み状態になっていた。しかも、目の前でノックアウトされた仲間の姿に呆然としているときたもんだ。こうなると勝負ありと言われても仕方がない。
俺は身体の向きを変えると、近くにいる野郎のアバラに左ボディーを突き刺した。実際にはレバーフックが上にずれただけなんだが、俺の拳には骨の砕ける感触が残る。
ヤバそうな色のゲロを吐く相手を尻目に、最後の三人目へと襲いかかる。ようやく我に返った相手はヤケクソ気味にフックを振り回すが、そんなものが俺に当たるはずがない。俺はフックをスウェーバックでかわすと、バランスを崩した相手に容赦なく右ストレートを打ち込んだ。その右拳は、ライフルで狙撃したみたいに相手の身体をぶっ飛ばしたのだった。
気絶二人、ゲロ吐いて悶絶中が一人。勝負あり。やはりザコはザコでしかなかった。まだ一人は意識があるのでどうしてくれようかと思ったが、これ以上殴るよりは金で解決した方が大人だろうということで、そいつの財布から有り金全部を抜き取った。
一方的とはいえ、なかなかいい練習になった。俺は上機嫌で帰路に着いた。
だが、一日経って、俺は自分のしでかしたことの重大さを思い知らされることになる。俺から金を巻き上げられた連中が、自分から喧嘩を売りやがったくせに俺を恐喝で通報しやがったからだ。俺は警察のお世話になるという恒例のパターンに戻ったわけだ。
まったく、俺にはボクシングの世界で王者になるという仕事が残っているというのに。こんなことで時間を取られるのが、なんとも理不尽だった。
だが、俺を失望させたことはこんなもんじゃない。
刑事事件を起こした俺の情報がジム側にまで伝わり、即日クビを言い渡された。まだプロになってもいないのにクビにするのはちょっとおかしいんじゃないかと思ったが、どうやらジム側がもう俺とは関わり合いになりたくないのだそうだ。
ようやくこの拳の行き場を見つけたのに。俺の中で、何かが崩れた。
だが、今回に関しては俺にも自省する心があったというか、この道から外れたら本格的に人間社会で生きていくのは不可能だとわかっていた。だから、俺はさっさと次のフィールドに向かうことにした。
ボクシングがダメになった俺は、今度はキックボクシングと総合格闘技のジムに通いだした。二束の草鞋を履くことにしたのは、今回のようなトラブルで足止めを喰っても他の選択肢があるようにするためだ。
だが、それらもすぐダメになった。というのも、俺はまた喧嘩沙汰でジムをクビになったからだ。これほど短期間で三つのジムをクビになった人間もいないだろう。
途方に暮れた。久しぶりに途方に暮れた。
俺は河川敷の草に寝転んで、意味もなく太陽を眺めていた。屈辱だ。ここまで自分が社会から弾き出されてしまうというのは。
大体格闘技をやっている人間なんてどうしようもない不良がほとんどじなんじゃないのか? もしかしたら、元不良が多いというだけで、現在進行形のクズは居場所がないということなのだろうか? だとしたら俺の行くところではなかったな。
だが俺は生きなければならない。働いていないから腹が減らないということはないのだ。だからごく潰しなのか。
何でもいい。何か考えよう。あんなクソ親に養ってもらっているというのはいくらなんでも残念すぎる。
さて、何をする?
思いつかない。
それじゃあ明日考えよう。
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