次回作の断片
- 2015/12/12
- 00:31
誰もいない校舎の屋上で、あたしは一人、夕日が沈むのを眺めていた。残照に映る雲が綺麗で、その眩しさはこの胸の傷にじんじんと沁みる。夕暮れって、人間の持っているセンチメンタリズムをやたらとこじらせる。そこが好きで、たまに嫌い。そして今は、嫌いな方。
「なんでだろう。なんであたしはもっとまともな家庭に生まれなかったんだろう?」
雲の向こうにいるはずの神様に問いかけるも、他の業務が立て込んでいるのか、金色染まる空はあたしのボヤきを既読スルーだ。
あたしはまさに今日フラれたのだった。
放課後の教室で、クラスメイトの磐田君と二人きり。どういうわけか今日のアポイントは簡単に取れたけど、教室に入ってくる磐田君は怯えていた。いや、あたしブサイクなんかじゃないし。むしろ天使だし。
磐田君はサッカー部の練習上がりで、ユニフォームに包まれた筋肉からは酸っぱい匂いが漂っていた。だけど、イケメンは正義というか、ブサイクが発していたら殺意すら沸いてくる体臭さえ愛おしい。
ジロジロとその体を眺めている時間が長かったせいか、耐え切れなくなった磐田君が口を開く。
「あのう、天龍さん、今日はどんな御用で……?」
磐田君はやたらとよそよそしい言葉遣いだった。クラスメイトなんだから、もう少しなれなれしくて良くね? なんて思うけど、あたし的にはそこがまた紳士らしくていいな、なんて思ったりもする。
「ゴメンね。磐田君も忙しいのに」
「いや、僕はレギュラーじゃないからさ。適当に理由をつけてくればなんとかなるんだよ。……はい」
沈黙。
どうしよう、何を言ったらいいかわかんない。
「俺、何か天龍さんの嫌がるようなことでもしちゃったのかな?」
「え? いやいや、そんなことないよ」
沈黙を捌けなかったあたしは慌てる。
「あの……」
正直なところ、あたしは消えてなくなりたいぐらい緊張していたけど、なんとかその次の言葉を紡ぐ。
「あの、ね。あたし、磐田君のことが、なんていうか、その……ス、スキかな? って」
なんでこんな大事な時に口を突いて出る言葉が疑問系なんだろう? 顔面はこんなに熱くなって、誰が見たってわかるくらい、顔は真っ赤になってるだろうに。
両手で頬を押さえて頭を振る。意味はないのだけど、こうせずにはいられない。なんとなく、邪気のようなものが振り払える気がしたのだ。
あ~どうしよう。スキって言っちゃった~。もう戻れないし。でも本当に磐田君大好きなんだし。しょうがないし。
顔を恐る恐る上げてみる。視界に移る磐田君の表情は変な歪み方をしていた。
「あの、天龍さん。僕のことが好きでいてくれて、すごく嬉しい」
「えっ、じゃあ付き合ってくれる?」
「いや、なんだ、その……」
「お願い、あたしと付き合って。付き合ってください!」
あたしは夕日に染まった髪を振り乱し、謝罪会見並みの角度で頭を下げる。伝われ、あたしの誠意。
「も、もうしわけない……」
「いいんだよ。だって、あたしだって彼氏いたこと無いし。磐田君が経験不足でも気にしないし」
「いや、だから違うんだ」
「大丈夫、磐田君は間違っていない。お願いだから、自分を卑下しないで」
「いや、そうじゃないんだよ」
「へ……?」
あたしは謝罪会見の姿勢のまま、磐田君の真意を汲み取ろうとする。ああ、イケメンが夕日に染まってるっていいな、なんて思いながら。
「俺は、君と付き合うわけには、いかないんだ」
磐田君が変な箇所に読点を付けながら放った言葉は、あたしを凍りつかせた。
「なんで?」
言った瞬間に自分でも「これは無いな」と思ったけど、この時のあたしは単に精神的な救いが欲しかった。
「天龍さんはかわいいし、性格もいいと、思います。だけどね、なんていうか……」
その先は言わずともわかってしまった。っていうか、同じ理由であたしは何度もフラれているのだ。
「あのこと?」
「……うん、非常に申し上げにくいことなんだけど」
「愛は色んなものを乗り越えていけると思うんだけど?」
「いや、なんていうか、それを乗り越えられるだけの愛が育つ前に萎縮しちゃってるというか何というか」
「つまり断ってるってこと?」
弱気な男ならゴリ押しでいける可能性もあるから、プライドを捨てて捨て身にな攻めてみる。
「……うん、やっぱりあんな事件があったもんだからさ。君がいくらかわいいとはいえ、付き合うとなると、ねえ?」
いや、同意を求められても困るんですけど。
っていうか、ああ、あたし、フラれたんだ。
告白が成功する画しか考えてなかっただけに、結構つらいかも。
「悪いね」
磐田君は本当に申し訳なさそうな顔だった。でも、哀れみはあたしの自尊心をさらに傷付けるだけ。
「うん、うん……しょうがないよね。だって、そうだよね。うん、なんていうか、ゴメン。あと、ありがと」
なんとか負け惜しみじみた言葉をひりだすと、あたしは教室の扉まではトボトボと歩いて、そこから出たら屋上までダッシュした。
ああ、つらい。つらいよお。だって、磐田君はあたしのことをかわいいって評価してくれたのに。それなのに……!
階段を駆け上がり、屋上の扉をこじ開ける→そしてあたし、今ここに至る。
茜色に染まった美しい空は、きっとあたしに配慮してくれたんだと思う。夕焼けの赤って、すごく優しいな、なんて思う。
あたしには致命的な欠陥があった。女としてではなく、その家庭環境に。

「なんでだろう。なんであたしはもっとまともな家庭に生まれなかったんだろう?」
雲の向こうにいるはずの神様に問いかけるも、他の業務が立て込んでいるのか、金色染まる空はあたしのボヤきを既読スルーだ。
あたしはまさに今日フラれたのだった。
放課後の教室で、クラスメイトの磐田君と二人きり。どういうわけか今日のアポイントは簡単に取れたけど、教室に入ってくる磐田君は怯えていた。いや、あたしブサイクなんかじゃないし。むしろ天使だし。
磐田君はサッカー部の練習上がりで、ユニフォームに包まれた筋肉からは酸っぱい匂いが漂っていた。だけど、イケメンは正義というか、ブサイクが発していたら殺意すら沸いてくる体臭さえ愛おしい。
ジロジロとその体を眺めている時間が長かったせいか、耐え切れなくなった磐田君が口を開く。
「あのう、天龍さん、今日はどんな御用で……?」
磐田君はやたらとよそよそしい言葉遣いだった。クラスメイトなんだから、もう少しなれなれしくて良くね? なんて思うけど、あたし的にはそこがまた紳士らしくていいな、なんて思ったりもする。
「ゴメンね。磐田君も忙しいのに」
「いや、僕はレギュラーじゃないからさ。適当に理由をつけてくればなんとかなるんだよ。……はい」
沈黙。
どうしよう、何を言ったらいいかわかんない。
「俺、何か天龍さんの嫌がるようなことでもしちゃったのかな?」
「え? いやいや、そんなことないよ」
沈黙を捌けなかったあたしは慌てる。
「あの……」
正直なところ、あたしは消えてなくなりたいぐらい緊張していたけど、なんとかその次の言葉を紡ぐ。
「あの、ね。あたし、磐田君のことが、なんていうか、その……ス、スキかな? って」
なんでこんな大事な時に口を突いて出る言葉が疑問系なんだろう? 顔面はこんなに熱くなって、誰が見たってわかるくらい、顔は真っ赤になってるだろうに。
両手で頬を押さえて頭を振る。意味はないのだけど、こうせずにはいられない。なんとなく、邪気のようなものが振り払える気がしたのだ。
あ~どうしよう。スキって言っちゃった~。もう戻れないし。でも本当に磐田君大好きなんだし。しょうがないし。
顔を恐る恐る上げてみる。視界に移る磐田君の表情は変な歪み方をしていた。
「あの、天龍さん。僕のことが好きでいてくれて、すごく嬉しい」
「えっ、じゃあ付き合ってくれる?」
「いや、なんだ、その……」
「お願い、あたしと付き合って。付き合ってください!」
あたしは夕日に染まった髪を振り乱し、謝罪会見並みの角度で頭を下げる。伝われ、あたしの誠意。
「も、もうしわけない……」
「いいんだよ。だって、あたしだって彼氏いたこと無いし。磐田君が経験不足でも気にしないし」
「いや、だから違うんだ」
「大丈夫、磐田君は間違っていない。お願いだから、自分を卑下しないで」
「いや、そうじゃないんだよ」
「へ……?」
あたしは謝罪会見の姿勢のまま、磐田君の真意を汲み取ろうとする。ああ、イケメンが夕日に染まってるっていいな、なんて思いながら。
「俺は、君と付き合うわけには、いかないんだ」
磐田君が変な箇所に読点を付けながら放った言葉は、あたしを凍りつかせた。
「なんで?」
言った瞬間に自分でも「これは無いな」と思ったけど、この時のあたしは単に精神的な救いが欲しかった。
「天龍さんはかわいいし、性格もいいと、思います。だけどね、なんていうか……」
その先は言わずともわかってしまった。っていうか、同じ理由であたしは何度もフラれているのだ。
「あのこと?」
「……うん、非常に申し上げにくいことなんだけど」
「愛は色んなものを乗り越えていけると思うんだけど?」
「いや、なんていうか、それを乗り越えられるだけの愛が育つ前に萎縮しちゃってるというか何というか」
「つまり断ってるってこと?」
弱気な男ならゴリ押しでいける可能性もあるから、プライドを捨てて捨て身にな攻めてみる。
「……うん、やっぱりあんな事件があったもんだからさ。君がいくらかわいいとはいえ、付き合うとなると、ねえ?」
いや、同意を求められても困るんですけど。
っていうか、ああ、あたし、フラれたんだ。
告白が成功する画しか考えてなかっただけに、結構つらいかも。
「悪いね」
磐田君は本当に申し訳なさそうな顔だった。でも、哀れみはあたしの自尊心をさらに傷付けるだけ。
「うん、うん……しょうがないよね。だって、そうだよね。うん、なんていうか、ゴメン。あと、ありがと」
なんとか負け惜しみじみた言葉をひりだすと、あたしは教室の扉まではトボトボと歩いて、そこから出たら屋上までダッシュした。
ああ、つらい。つらいよお。だって、磐田君はあたしのことをかわいいって評価してくれたのに。それなのに……!
階段を駆け上がり、屋上の扉をこじ開ける→そしてあたし、今ここに至る。
茜色に染まった美しい空は、きっとあたしに配慮してくれたんだと思う。夕焼けの赤って、すごく優しいな、なんて思う。
あたしには致命的な欠陥があった。女としてではなく、その家庭環境に。

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