大人のためのシニカル道徳講座
- 2014/12/19
- 23:00
(以下の記事はフィクションです。実在の人物、および団体とは関係ございません)
昨日の後楽園ホールで行われたWUB世界フライ級王座戦は、王者パンダー・ジャイアントが愛仁伊貴瑠(あいに いきる)を捌ききり、無難な3-0判定をものにした。ジャイアントの王座防衛はこれ6度目。試合には勝ったものの、王者はリング外でトラブルに遭った。
王者ジャイアントは試合に向けたインタビューで「昨日亡くなった友人のために頑張る」というコメントを残していたが、試合直前にこれが虚偽の事実であった事が判明し、大顰蹙を買った。試合中には盛大なブーイングも喰らったジャイアントだったが、彼はなぜそんな嘘を吐いたのか? 本誌が直撃してみた。
――まずは王座防衛おめでとうございます。
パンダー・ジャイアント(以下 ジャイアント) 日本のファンは大人しいという印象があったけれど、今回はいつにも増して手厳しかったね(笑)。
――これで6度目の王座防衛です。KOは王座獲得後からありませんが、ますます技巧にも磨きがかかり、安定感の増した試合という印象を受けました。
ジャイアント ありがとう。最近はジャブだけじゃなく、立ち居地をどう変化させるかについても気を付けながら練習しているんだ。同じパンチでもどのポジションから打ったかで威力も効果も変わるからね。
――試合自体には安定感がありましたが、別件でひと悶着ありましたね?
ジャイアント ああ、あそこまで嫌われるって分かっているんだったら、僕だってあんな軽率な嘘は吐かなかったよ。日本人でも本気で怒らせたら怖いんだなっていうのがよく分かった。
――あなたは「亡くなった友人のために頑張る」という嘘がバレて非難される立場となったわけですが、結局のところあれは何だったのですか?
ジャイアント ああ、あれ? うう~ん、説明がちょっと難しいんだけど……。まあね、あの嘘にはちょっとした伏線があるわけだよ。
――伏線?
ジャイアント ああ、僕は日本に三回来ているけど、日本の国民性って慎ましいとともに、ちょっとエモーショナルなところがあると思うんだ。
――そのエモーショナルな部分とは?
ジャイアント 前の防衛線(愛都勇気戦)で、挑戦者の友人が亡くなったっていう話を試合前にテレビで観ていたんだ。通訳がテレビのナレーションを翻訳してくれてさ、僕はそれを聞いていたわけ。ある意味メロドラマ的なストーリーにも聞こえたけど、あの感動的な美談には純粋に僕も感動したよ。これは強調しておくね。だけど、問題はその後さ。あの番組に感動した日本国民は、ほとんど全てが挑戦者の応援になった。そりゃ日本人なんだから日本人を応援するのは当たり前だろうさ。だけどね、僕は会場でひしひしと感じたんだよ。何て言うか、自分が勝っちゃいけないみたいな、そんな空気さ。ご存知の通り、僕はアウトボクシングで愛都選手に何もさせなかった。明白なポイント勝ちだった。だけど、なんか会場の空気は「空気の読めねえ外人だな」というか、そんな感じだった。いやあ、あの時は勝利の喜びを罪悪感が埋め尽くしてしまいそうで怖かったよ(笑)。
――それであんな嘘を?
ジャイアント そんなに計画的な嘘ではなかったんだけどね。今回来日した時にあの空気を思い出してしまったのさ。だから咄嗟に国際電話で友人に頼んだんだ。「頼む、試合が終わるまで死んだ事にしててくれ」って(笑)。結果はご存知の通り、速攻でバレたんだけどね。
――試合中にスキャンダルの影響はありましたか?
ジャイアント おいおい、僕はプロだぜ? 試合中に自分の嘘がどうたらこうたら考えていたらあっという間に倒されてしまうさ。世界戦っていうのはトップファイターとの闘いだからね。実際に今回の挑戦者である愛仁選手はとてもタフなウォーリアーだった。何発カウンターを打ち込んでも倒れなかった彼はまさにライオンハートだね。判定では圧勝だったけど、ポイントほどの差は無かったと思う。
――日本のファンに何か言いたい事はありますか?
ジャイアント まず、くだらない嘘を吐いて申し訳なかった。今後はこんな軽率な発言はしないと誓うよ。ただ、一つだけ言いたい事がある。僕だって幼少時代はジャンキーの両親から虐待され、命がけのストリートライフを送ってきた。亡くなった友人の数だったら僕の方がずっと多いんじゃないか? いや、死んだ友人の数を競うってわけじゃないよ。だけどさ、僕だって生きている人のために頑張っているんだよ。それなのに、大切な人が亡くなったっていう選手がいたら、世論がそっちばかり味方をするっていうのはおかしいんじゃないか? 僕は今回の防衛戦の時、正直挑戦者がまた「亡くなった誰かのために頑張る」とか言い出したらどうしようって思っていたよ。僕がいかにもくだらない嘘を吐いてしまったのは、前回の試合で張られた伏線もあったわけだよ。ただ、人並みに恋人のために頑張ったりファンのために闘う事っていうのは、死者のために闘う行為よりも低俗な行為なのかい? 違うだろう? 僕が言いたいのはそれだけさ。海外に来てジャッジがフェアじゃなかったり、公開スパーリングで空気の読めない選手を当てられるのは覚悟している。だけど、「頼むからお前負けてくれ」っていう空気だけはどうにも慣れる事が出来ないな。それはこの国独特なものかもしれない。フライ級のランキングには日本人選手がたくさんいるけど、今度はそういったマインドゲームも考慮に入れないといけないかもね。いや、嫌味じゃないって。
こうして世界フライ級王者パンダー・ジャイアントのインタビューは幕を閉じた。彼の言葉に何を思うかは個人の自由だろう。だから私はこの件について個人的な意見を差し挟む気はない。茜色に染まった空の向こう側には、王者の愛しい家族が待っている。闘いとは、誰かの心を傷つけずにはいられないものなのかもしれない。
(これは架空のインタビューです)
昨日の後楽園ホールで行われたWUB世界フライ級王座戦は、王者パンダー・ジャイアントが愛仁伊貴瑠(あいに いきる)を捌ききり、無難な3-0判定をものにした。ジャイアントの王座防衛はこれ6度目。試合には勝ったものの、王者はリング外でトラブルに遭った。
王者ジャイアントは試合に向けたインタビューで「昨日亡くなった友人のために頑張る」というコメントを残していたが、試合直前にこれが虚偽の事実であった事が判明し、大顰蹙を買った。試合中には盛大なブーイングも喰らったジャイアントだったが、彼はなぜそんな嘘を吐いたのか? 本誌が直撃してみた。
――まずは王座防衛おめでとうございます。
パンダー・ジャイアント(以下 ジャイアント) 日本のファンは大人しいという印象があったけれど、今回はいつにも増して手厳しかったね(笑)。
――これで6度目の王座防衛です。KOは王座獲得後からありませんが、ますます技巧にも磨きがかかり、安定感の増した試合という印象を受けました。
ジャイアント ありがとう。最近はジャブだけじゃなく、立ち居地をどう変化させるかについても気を付けながら練習しているんだ。同じパンチでもどのポジションから打ったかで威力も効果も変わるからね。
――試合自体には安定感がありましたが、別件でひと悶着ありましたね?
ジャイアント ああ、あそこまで嫌われるって分かっているんだったら、僕だってあんな軽率な嘘は吐かなかったよ。日本人でも本気で怒らせたら怖いんだなっていうのがよく分かった。
――あなたは「亡くなった友人のために頑張る」という嘘がバレて非難される立場となったわけですが、結局のところあれは何だったのですか?
ジャイアント ああ、あれ? うう~ん、説明がちょっと難しいんだけど……。まあね、あの嘘にはちょっとした伏線があるわけだよ。
――伏線?
ジャイアント ああ、僕は日本に三回来ているけど、日本の国民性って慎ましいとともに、ちょっとエモーショナルなところがあると思うんだ。
――そのエモーショナルな部分とは?
ジャイアント 前の防衛線(愛都勇気戦)で、挑戦者の友人が亡くなったっていう話を試合前にテレビで観ていたんだ。通訳がテレビのナレーションを翻訳してくれてさ、僕はそれを聞いていたわけ。ある意味メロドラマ的なストーリーにも聞こえたけど、あの感動的な美談には純粋に僕も感動したよ。これは強調しておくね。だけど、問題はその後さ。あの番組に感動した日本国民は、ほとんど全てが挑戦者の応援になった。そりゃ日本人なんだから日本人を応援するのは当たり前だろうさ。だけどね、僕は会場でひしひしと感じたんだよ。何て言うか、自分が勝っちゃいけないみたいな、そんな空気さ。ご存知の通り、僕はアウトボクシングで愛都選手に何もさせなかった。明白なポイント勝ちだった。だけど、なんか会場の空気は「空気の読めねえ外人だな」というか、そんな感じだった。いやあ、あの時は勝利の喜びを罪悪感が埋め尽くしてしまいそうで怖かったよ(笑)。
――それであんな嘘を?
ジャイアント そんなに計画的な嘘ではなかったんだけどね。今回来日した時にあの空気を思い出してしまったのさ。だから咄嗟に国際電話で友人に頼んだんだ。「頼む、試合が終わるまで死んだ事にしててくれ」って(笑)。結果はご存知の通り、速攻でバレたんだけどね。
――試合中にスキャンダルの影響はありましたか?
ジャイアント おいおい、僕はプロだぜ? 試合中に自分の嘘がどうたらこうたら考えていたらあっという間に倒されてしまうさ。世界戦っていうのはトップファイターとの闘いだからね。実際に今回の挑戦者である愛仁選手はとてもタフなウォーリアーだった。何発カウンターを打ち込んでも倒れなかった彼はまさにライオンハートだね。判定では圧勝だったけど、ポイントほどの差は無かったと思う。
――日本のファンに何か言いたい事はありますか?
ジャイアント まず、くだらない嘘を吐いて申し訳なかった。今後はこんな軽率な発言はしないと誓うよ。ただ、一つだけ言いたい事がある。僕だって幼少時代はジャンキーの両親から虐待され、命がけのストリートライフを送ってきた。亡くなった友人の数だったら僕の方がずっと多いんじゃないか? いや、死んだ友人の数を競うってわけじゃないよ。だけどさ、僕だって生きている人のために頑張っているんだよ。それなのに、大切な人が亡くなったっていう選手がいたら、世論がそっちばかり味方をするっていうのはおかしいんじゃないか? 僕は今回の防衛戦の時、正直挑戦者がまた「亡くなった誰かのために頑張る」とか言い出したらどうしようって思っていたよ。僕がいかにもくだらない嘘を吐いてしまったのは、前回の試合で張られた伏線もあったわけだよ。ただ、人並みに恋人のために頑張ったりファンのために闘う事っていうのは、死者のために闘う行為よりも低俗な行為なのかい? 違うだろう? 僕が言いたいのはそれだけさ。海外に来てジャッジがフェアじゃなかったり、公開スパーリングで空気の読めない選手を当てられるのは覚悟している。だけど、「頼むからお前負けてくれ」っていう空気だけはどうにも慣れる事が出来ないな。それはこの国独特なものかもしれない。フライ級のランキングには日本人選手がたくさんいるけど、今度はそういったマインドゲームも考慮に入れないといけないかもね。いや、嫌味じゃないって。
こうして世界フライ級王者パンダー・ジャイアントのインタビューは幕を閉じた。彼の言葉に何を思うかは個人の自由だろう。だから私はこの件について個人的な意見を差し挟む気はない。茜色に染まった空の向こう側には、王者の愛しい家族が待っている。闘いとは、誰かの心を傷つけずにはいられないものなのかもしれない。
(これは架空のインタビューです)
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