「無敵の人」でボツにした筋書き
- 2023/02/08
- 01:45
現在割と読まれている方の「無敵の人」ですが、当初の筋書きでボツになったものがあります。
それは、炎上ボクサーのオバターが炎上芸をこじらせすぎて、柴木組という暴力団事務所(シバくから命名)へのカチコミを生中継→そのまま捕まり弱みを握られるというものでした。
オバターは命と引き換えに八百長をする事になりますが、本番でまさかのご乱心。負けないといけない試合で不意打ち気味にKO勝ちしてヤクザを激怒させ、その落とし前としてヤクザのブチ上げた地下格闘技トーナメントに出場する、というものでした。
上記の筋書きでも良かったとは思うのですが、元ネタとなった方が離婚したので「さすがに不謹慎ネタでは済まされないな」と判断し、ストーリーを改変しました。
丁度いいところでブ〇レイイングダウンが流行っていたので、「これを反社が開催したら面白いな」と思って今の形が出来上がりました。
後の流れは「PCM」とそこまで変わらない(笑)。
もしかしたら読者には「なんで地下格闘技ばっかり書いて王道のボクシングは書かないのですか?」と訊かれるかもしれませんが、これにはいくらか理由があります。
一番の理由としては、まず王道のボクシング小説にするとシリーズ化が避けられないという事です。人気が出ればいいですが、誰にも望まれていないシリーズを書いてどうすんだ、というのが一点。
もう一つはすぐに強さの飽和状態が生じる事ですね。
結局格闘技モノってより強い敵が繰り返し現れるわけで、最終的にはかめはめ波をつかうボクサーを出さざるを得ないという(笑)、そういう弱みがあります。
まあ、実際のボクサーって言うほど実力差があるわけでもなく、わずかな差の積み重ねが大きな差になるというところがあります。そういうリアルさを追求すると、何十試合もボクシングの試合を書き続けるというのは正直厳しいしマンネリ化が避けられないのですね。
そうなると地下格闘技ぐらいで強いんだか強くないんだかっていう選手同士をぶつけている話の方が書きやすいという事です。これは小説という表現形式が持っている特性であり弱点でもあるのでしょうがないですね。
そんな感じで流行に便乗する形で「無敵の人」は書かれました。
主催者である黒須奇跡を圧倒的な強さを誇る人物ではなく、ドライなビジネスマンとして描いたのは今見ても正解だったかなと思います。
そんなこんなで色々な計算やら背景があり、「無敵の人」は完成しました。
自著で一番好きな格闘技モノを聞かれたら「紅い雨、晴れてのち虹」か「PCM」かなとは思いますが、構成やら完成度で言えば「無敵の人」が一番なんじゃないですかね。
終わりがちょっと後味悪いので賛否別れそうですが、ただの格闘技モノとして終わらなかったという意味では、それなりに意義のある作品になったと思います。
まだ読んでいない人はぜひ読んでみて下さい。
それは、炎上ボクサーのオバターが炎上芸をこじらせすぎて、柴木組という暴力団事務所(シバくから命名)へのカチコミを生中継→そのまま捕まり弱みを握られるというものでした。
オバターは命と引き換えに八百長をする事になりますが、本番でまさかのご乱心。負けないといけない試合で不意打ち気味にKO勝ちしてヤクザを激怒させ、その落とし前としてヤクザのブチ上げた地下格闘技トーナメントに出場する、というものでした。
上記の筋書きでも良かったとは思うのですが、元ネタとなった方が離婚したので「さすがに不謹慎ネタでは済まされないな」と判断し、ストーリーを改変しました。
丁度いいところでブ〇レイイングダウンが流行っていたので、「これを反社が開催したら面白いな」と思って今の形が出来上がりました。
後の流れは「PCM」とそこまで変わらない(笑)。
もしかしたら読者には「なんで地下格闘技ばっかり書いて王道のボクシングは書かないのですか?」と訊かれるかもしれませんが、これにはいくらか理由があります。
一番の理由としては、まず王道のボクシング小説にするとシリーズ化が避けられないという事です。人気が出ればいいですが、誰にも望まれていないシリーズを書いてどうすんだ、というのが一点。
もう一つはすぐに強さの飽和状態が生じる事ですね。
結局格闘技モノってより強い敵が繰り返し現れるわけで、最終的にはかめはめ波をつかうボクサーを出さざるを得ないという(笑)、そういう弱みがあります。
まあ、実際のボクサーって言うほど実力差があるわけでもなく、わずかな差の積み重ねが大きな差になるというところがあります。そういうリアルさを追求すると、何十試合もボクシングの試合を書き続けるというのは正直厳しいしマンネリ化が避けられないのですね。
そうなると地下格闘技ぐらいで強いんだか強くないんだかっていう選手同士をぶつけている話の方が書きやすいという事です。これは小説という表現形式が持っている特性であり弱点でもあるのでしょうがないですね。
そんな感じで流行に便乗する形で「無敵の人」は書かれました。
主催者である黒須奇跡を圧倒的な強さを誇る人物ではなく、ドライなビジネスマンとして描いたのは今見ても正解だったかなと思います。
そんなこんなで色々な計算やら背景があり、「無敵の人」は完成しました。
自著で一番好きな格闘技モノを聞かれたら「紅い雨、晴れてのち虹」か「PCM」かなとは思いますが、構成やら完成度で言えば「無敵の人」が一番なんじゃないですかね。
終わりがちょっと後味悪いので賛否別れそうですが、ただの格闘技モノとして終わらなかったという意味では、それなりに意義のある作品になったと思います。
まだ読んでいない人はぜひ読んでみて下さい。
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