牛野小雪氏のお題小説(?)(時間が無いのでいくらかやっつけ感アリ)
【お題】
1.男が家に帰ってくる。そっけない猫がいる(名前はドリスにしよう)。外は雪と森に包まれている。すごく寒くて薪ストーブが消えている。
2.男が森へ行く。そこで暗闇と恐怖を感じるが、猫のことを思い出し、恐怖と立ち向かう。
3.男が帰ってくる。薪ストーブをつけて、鍋で料理をして、猫と一緒に音を立てて食べる。その後一緒にベッドに入る。 トンネルを抜けると、雪はやんでいた。
タイヤが雪を踏み固める感触。はじめてここに来た時には、この雪の感触にひどく怯えたものだった。
強い風。積もった雪を巻き上げる。白く染まる世界。目の前に細かい雪がきらきらと舞っている。
雪はいい。見たくないものをすべて覆い隠してくれる。
市道を走り、家へと続く森を抜ける。白い森。そこに俺の隠れ家がある。
車を止めると、気配を消して戸を開ける。殺気は無い。今日も眠りに就けそうだった。
玄関で眠りこける猫。ドリス。愛想のかけらもない相棒。こちらを一瞥して、尻尾を軽く振るとまた眠りはじめた。
無言でリビングに行く。ステンレスの皿を見ると空になっていた。メシはそれなりに喰える味だったらしい。
部屋はひどく寒かった。時代遅れの薪ストーブ。回収してきた古木をつっこみ、火をつけた。
ゆらめく火。しだいに大きくなっていく。なまめかしく木を包む炎。その姿を、意味もなくじっと見つめていた。
コーヒーを淹れながらタバコをふかした。
静寂に包まれた山奥。だが、この静けさもいつまで持つか分からない。
ドリスが音もたてずに歩いてくる。火の近くまで来ると、ストーブの前で丸くなった。撫でようして、やめてからコーヒーに口をつける。
カフェインが血管を通じて全身に行き渡っていく。
ゆっくりと流れていく時間。猫と過ごす静かなひととき。安堵は限られた贅沢品だった。
遠い過去に思いを馳せる。
血に塗れた過去。消す事は出来ない。
俺は掃除屋と呼ばれていた。
裏社会の人間にとって邪魔になった人間を片っ端から消していく「お仕事」――それが俺の生業だった。
ある者は毒殺し、ある者は自殺に見せかけて首を吊らせ、海に落とした。抵抗すれば躊躇なく喉を掻き切った。
目撃者も、俺の存在に感づいた人々も残らず消してきた。どれだけ怨まれているかは分からない。俺は天国から見放されている――あるいは、地獄からも。
死体は山奥に運んで、バラバラにして捨てた。
雪が降っている時はよかった。
雪は、見たくないものを白く覆い隠してくれる。
その白さが、自分の罪を忘れさせてくれる気がした。
――ふいに、外で音がしたような気がした。
枯れ葉を踏むような音。人の気配。
――誰かが俺を殺しに来た。
止まらない被害妄想。だが、俺は誰に怨まれていても少しも不思議ではない。
外に出る。右手にトカレフ。エアガンの方がもう少し便りになりそうな中国製のポンコツ。サブマシンガンで武装した相手なら、拳銃に輪ゴムで決闘に挑むようなものだ。
家を出る。
昏い、白い世界。
足跡は暗闇の向こうへと続いている。
足跡を辿る。
今までにたくさんの人を殺めてきた。
怨みなら来世分どころか三世紀ほど前借りしている。いつ殺されたっておかしくない。
銃を構え、足跡を辿る。
殺されても文句を言えたクチじゃない。
だけど、ただ黙って殺されるつもりもない。
死ぬ間際までは抵抗する。そこに意味などない。それで殺されたら殺されたで仕方がない。どちらにしろ天国には嫌われている。
雪についた足跡は消えていた。
「彼」がどこに行ったのか、見当もつかない。
暗闇の中から、にゃあと声が聞こえた。
振り返る。猫はいない。いたとしても、この寒さの中で無事でいられるとは思わない。
幻聴なのか。それとも、俺の願望なのか。
闇の中を一人で帰り、家に戻るとドリスがいた。
こちらを一瞥すると、尻尾を一振りだけして眠りにつく。
どこまでもマイペースな猫。
薪ストーブに火を点けて、鍋料理を作る。ドリスの好きな白身魚。調味料はあまり入れず、水菜や椎茸と一緒に煮込んだ。
皿をドリスの前に置く。匂いを嗅いで、食べはじめる。
その隣に腰を下ろし、二人で鍋を食べた。
食べ終わると風呂に入り、ベッドで眠りに就こうとすると、ドリスが毛布に入ってくる。拒まず、肩を枕にさせて目を閉じた。
世界は俺を嫌っているのだろう。
俺を赦す人も、この地球に一人もいないに違いない。
それでも、ドリスの寝息を聞いている間はどうでもよくなった。
黙っていても、罪の対価を払う日はやって来る。
この安息に急激なピリオドが打たれる日も。
何かを愛しいと思った日を公開するような時も。
いつかそれは、頼まなくてもやってくる。
それでも――
それまでは、束の間でも安堵に浸りたいと思った。
ドリスは、喉を鳴らして眠っていた。
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