新作の断片
- 2021/06/08
- 17:00
――ジャック・ザ・リッパー。悪魔の児。アイスマン。
すべて兵藤幸雄につけられた二つ名だ。
兵藤は肉屋の息子だった。気性の荒い父親と、身持ちの悪い母親の間に生まれた。夜の街から兵藤家に嫁いできた母親は、画に描いたような毒親だった。
夫の財産を食いつぶし、服や装飾品で散財を続けた母は、瞬く間に父親の財産を枯渇させた。
金の無くなった父親に興味を失った母親は、ある日浮気相手とともに失踪し、そのまま姿を見せなくなった。
父子家庭となった兵藤家。父親の矛先は幸雄へと向かった。
行き場の無い暴力。それは大抵力の無い者へと向けられる。
毎日何かと因縁をつけては殴られた。父親にとって、幸雄は去った妻を思い出させる存在でしかなかった。愛情を注げば注ぐほどそれは裏切るように思えた。
父親の狂気に曝された幸雄は、家に帰らなくなった。
小学生なのに、暴走族の集会に紛れ込んだ。面白がった構成員の一人にナイフを渡された。
「いいか? 自分の身を守れるのは自分しかいねえんだよ。殺されそうになったら、逆に殺しちまえ。クズに殺されてあの世で後悔したかねえだろう?」
それを聞いた幸雄には新たな発想が生まれた。
――そうか。刺しちゃえばいいんだ。
深夜の海。テトラポッドに座ってナイフを眺める。
怪しい光。灯台の光を反射して青白く光っている。さざ波の音が、少年の心に語りかける。
――このまま虐げられていていいのか?
――あの男は狂っている。
――お前は一人で生きていくしかない。
――もう分かっているんだろう?
目を閉じる。
巨大な、冷凍庫の映像。
氷点下の世界。吊るされる肉。
そこに立っている自分の姿。
吊るされる肉。
豚の肉だった。
吊るされる肉。
いや、よく見ると違う。
吊るされる肉。
背中に突き刺さるフック。
ぶら下がっているのは――
かつて父と呼んだ肉塊。
家の主であり、唯一無二の暴君。
さっきまで、彼に殴られていたはずだった。
ふと自分の身体をみやる。
あちこちにこびりついた血。右手に握ったナイフ。
――どうやら俺は、あれをさばいてしまったらしい。
不思議と罪悪感は無かった。これは悪魔がやった。俺の知らない悪魔が勝手にやっただけなんだ。そう思うと少しも罪の意識にさいなまれなかった。
悪魔の声に導かれて、たくさんの悪人を*裁いて*きた。悪は、悪魔が決める。俺じゃない。それは脳裡に響く声が決めるのだ。
悪魔が次の獲物を告げる。
鬼塚骸(おにづか むくろ)。
最近やってきた転校生。バカみたいにでかく、腕っぷしが強い。
だが、織井兄弟ほどじゃない。
あいつも、この俺がさばいてみせる。
すべて兵藤幸雄につけられた二つ名だ。
兵藤は肉屋の息子だった。気性の荒い父親と、身持ちの悪い母親の間に生まれた。夜の街から兵藤家に嫁いできた母親は、画に描いたような毒親だった。
夫の財産を食いつぶし、服や装飾品で散財を続けた母は、瞬く間に父親の財産を枯渇させた。
金の無くなった父親に興味を失った母親は、ある日浮気相手とともに失踪し、そのまま姿を見せなくなった。
父子家庭となった兵藤家。父親の矛先は幸雄へと向かった。
行き場の無い暴力。それは大抵力の無い者へと向けられる。
毎日何かと因縁をつけては殴られた。父親にとって、幸雄は去った妻を思い出させる存在でしかなかった。愛情を注げば注ぐほどそれは裏切るように思えた。
父親の狂気に曝された幸雄は、家に帰らなくなった。
小学生なのに、暴走族の集会に紛れ込んだ。面白がった構成員の一人にナイフを渡された。
「いいか? 自分の身を守れるのは自分しかいねえんだよ。殺されそうになったら、逆に殺しちまえ。クズに殺されてあの世で後悔したかねえだろう?」
それを聞いた幸雄には新たな発想が生まれた。
――そうか。刺しちゃえばいいんだ。
深夜の海。テトラポッドに座ってナイフを眺める。
怪しい光。灯台の光を反射して青白く光っている。さざ波の音が、少年の心に語りかける。
――このまま虐げられていていいのか?
――あの男は狂っている。
――お前は一人で生きていくしかない。
――もう分かっているんだろう?
目を閉じる。
巨大な、冷凍庫の映像。
氷点下の世界。吊るされる肉。
そこに立っている自分の姿。
吊るされる肉。
豚の肉だった。
吊るされる肉。
いや、よく見ると違う。
吊るされる肉。
背中に突き刺さるフック。
ぶら下がっているのは――
かつて父と呼んだ肉塊。
家の主であり、唯一無二の暴君。
さっきまで、彼に殴られていたはずだった。
ふと自分の身体をみやる。
あちこちにこびりついた血。右手に握ったナイフ。
――どうやら俺は、あれをさばいてしまったらしい。
不思議と罪悪感は無かった。これは悪魔がやった。俺の知らない悪魔が勝手にやっただけなんだ。そう思うと少しも罪の意識にさいなまれなかった。
悪魔の声に導かれて、たくさんの悪人を*裁いて*きた。悪は、悪魔が決める。俺じゃない。それは脳裡に響く声が決めるのだ。
悪魔が次の獲物を告げる。
鬼塚骸(おにづか むくろ)。
最近やってきた転校生。バカみたいにでかく、腕っぷしが強い。
だが、織井兄弟ほどじゃない。
あいつも、この俺がさばいてみせる。
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