新作の断片
- 2020/08/12
- 01:52
「小さいな……」
黒崎は思わずひとりごちた。
華の慶次と呼ばれる都市伝説は、背中まで届く長髪をなびかせて歩いて来る。大男ばかりがひしめく虫かごの試合には珍しく、身長は一七〇センチそこそこぐらいしか無さそうだった。体重もせいぜい六十五キロあるかないかぐらいに見える。
だが、問題は画面越しに伝わる殺気だった。闇が沈んだような虹彩。忍者のようにソロソロとした足つき。過度に筋肉質ではないが、人を殺すために洗練された風の細い身体つき。虫かごで闘う者達の中では異質な風貌に見えた。
「なんか、この人怖い」
七海も華の慶次が放つ何かに気付いたのか、気味悪そうにしていた。
レフリーが二人を虫かご中央に集める。並ぶと、大人と子供ほどの身長差があるように見えた。まともな格闘技団体ならまずお目にかかれない光景だろう。
二人がマットの両端に別れ、ゴングを待つ。会場に妙な好奇の視線が飛び交っているのがテレビ越しにもはっきりと分かった。
鐘が鳴る。殺気に満ちた二人が虫かごの中央へと吸い寄せられていく。
どちらも右構え。どっしりと構えるデレク。一発当たれば試合が終わると確信しているせいか、その物腰には落ち着きがあった。
対する華原は軽い足取りでデレクの周囲を回っていく。音を立てずに猫がダンスしているようだった。
会場が静まる。緊張感が伝わって来た。素人にも、二人の放つ殺気が分かったらしい。まともな空気ではなかった。
デレクが挨拶代わりにワンツーを放つ。華原は猫のようなしなやかさでサイドへ跳んで避ける。その双眸は昏く、じっとデレクの動きを観察している。不気味さだけが際立っていた。
デレクがスピード重視のフックを左右から振ってくる。当たれば倒せる。だから、力むよりはまず当てる事を優先しているのだろう。妥当な戦略だった。
だが、華原は余裕のあるウィービングでこれをかわす。踊るようにインサイドへと踏み込んで、右を伸ばした。バックステップでかわされるものの、その迫力にどよめきが起こる。映像は遠くから撮られているが、そのキレは十分過ぎるほど理解出来た。
何か塗っているのか、華原の両拳はてかって見えた。光を反射する拳は、時々刀身に見えた。
再び両者はジャブを突きながら攻撃の隙を窺っている。勝負は一瞬で決まる――そんな気がした。
数発ジャブを突くと、デレクが一気に踏み込んで右ボディーアッパーを突き刺しにいく。身体のどこかに当たればいいという発想だろう。自分よりも小さい相手にえげつない戦法だが、同時にすばしっこい相手には有効な攻撃でもあった。おそらくガードでもさせて動きを止めたのち、左フックを当てようという考えなのだろう。
だが――
華原は素早く左サイドにステップすると、襲いかかる右拳とすれ違う形で右ストレートを放った。信じられないスピードで放たれたパンチは、デレクの顔面を撥ね上げた。
どよめき。それは、時間差で二度沸き起こった。
華原が余裕のある足取りでデレクを中心にサークリングする。円の中心点にいるデレクの顔面から血が滴っていた。
「切れるんだよ。あいつのパンチはな」
テレビを眺めたまま、定岡が言った。
黒崎は思わずひとりごちた。
華の慶次と呼ばれる都市伝説は、背中まで届く長髪をなびかせて歩いて来る。大男ばかりがひしめく虫かごの試合には珍しく、身長は一七〇センチそこそこぐらいしか無さそうだった。体重もせいぜい六十五キロあるかないかぐらいに見える。
だが、問題は画面越しに伝わる殺気だった。闇が沈んだような虹彩。忍者のようにソロソロとした足つき。過度に筋肉質ではないが、人を殺すために洗練された風の細い身体つき。虫かごで闘う者達の中では異質な風貌に見えた。
「なんか、この人怖い」
七海も華の慶次が放つ何かに気付いたのか、気味悪そうにしていた。
レフリーが二人を虫かご中央に集める。並ぶと、大人と子供ほどの身長差があるように見えた。まともな格闘技団体ならまずお目にかかれない光景だろう。
二人がマットの両端に別れ、ゴングを待つ。会場に妙な好奇の視線が飛び交っているのがテレビ越しにもはっきりと分かった。
鐘が鳴る。殺気に満ちた二人が虫かごの中央へと吸い寄せられていく。
どちらも右構え。どっしりと構えるデレク。一発当たれば試合が終わると確信しているせいか、その物腰には落ち着きがあった。
対する華原は軽い足取りでデレクの周囲を回っていく。音を立てずに猫がダンスしているようだった。
会場が静まる。緊張感が伝わって来た。素人にも、二人の放つ殺気が分かったらしい。まともな空気ではなかった。
デレクが挨拶代わりにワンツーを放つ。華原は猫のようなしなやかさでサイドへ跳んで避ける。その双眸は昏く、じっとデレクの動きを観察している。不気味さだけが際立っていた。
デレクがスピード重視のフックを左右から振ってくる。当たれば倒せる。だから、力むよりはまず当てる事を優先しているのだろう。妥当な戦略だった。
だが、華原は余裕のあるウィービングでこれをかわす。踊るようにインサイドへと踏み込んで、右を伸ばした。バックステップでかわされるものの、その迫力にどよめきが起こる。映像は遠くから撮られているが、そのキレは十分過ぎるほど理解出来た。
何か塗っているのか、華原の両拳はてかって見えた。光を反射する拳は、時々刀身に見えた。
再び両者はジャブを突きながら攻撃の隙を窺っている。勝負は一瞬で決まる――そんな気がした。
数発ジャブを突くと、デレクが一気に踏み込んで右ボディーアッパーを突き刺しにいく。身体のどこかに当たればいいという発想だろう。自分よりも小さい相手にえげつない戦法だが、同時にすばしっこい相手には有効な攻撃でもあった。おそらくガードでもさせて動きを止めたのち、左フックを当てようという考えなのだろう。
だが――
華原は素早く左サイドにステップすると、襲いかかる右拳とすれ違う形で右ストレートを放った。信じられないスピードで放たれたパンチは、デレクの顔面を撥ね上げた。
どよめき。それは、時間差で二度沸き起こった。
華原が余裕のある足取りでデレクを中心にサークリングする。円の中心点にいるデレクの顔面から血が滴っていた。
「切れるんだよ。あいつのパンチはな」
テレビを眺めたまま、定岡が言った。
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