新作の断片
- 2020/06/21
- 23:41
黒崎はしばらく店の裏側に戻されて、何時間か経ったら思い出したように呼び戻された。
テーブルには大量の酒瓶。よほどの酒豪なのか、顔色一つ変えずにテキーラを飲み干していた。女達が定岡の飲みっぷりを褒めそやす。バカみたいだった。
する事も無くホールの隅に佇んでいると、定岡が「そう言えば」と口を開きはじめた。
「今日、俺がなんでここに来たか知っているか?」
「さあ。かわいい弟分のお店に遊びに来ただけなんじゃないですかね?」
松原が追従の笑みを浮かべる。定岡がタバコを出すと、女よりも先にライターを差し出した。無言で火を点けて、紫煙を吐きだす。
「ああ、そう言いたいところなんだけどよ」
定岡が隣のチンピラを見ると、いやらしい笑いを浮かべていた。
「なんでもこいつがお前のところのモンに世話になったみたいじゃねえか」
「……と、言いますと?」
松原が嫌な汗を浮かべながら腰を低くすると、ホールにガラスの割れる音が響いた。
チンピラが、グラスをテーブルで叩き割った音だった。
「忘れたとは言わせねえぞ、コラ」
チンピラが松原にすごんだ。殺すぞ、と思った。
「まあ、おめえは知ってるかどうか分からねえけどよ」定岡が落ち着いた口調で語りかける。
「こいつは――銀次郎は、俺の弟でな。不出来な肉親とはいえ、それでもかわいいところはあるんだ」
「ええ」
「聞くところによると、そこのでかい兄ちゃんにブチのめされたらしいじゃないか」
「兄貴、そりゃすいませんでした。でも、前もって一言ぐらい言ってくれれば……」
松原はスキンヘッドに玉のような汗を浮かべながら弁明した。おそらく黒崎を守るためではなく、保身のために。
「分かっている。こいつも俺の名前を使って調子をぶっこいていたところもある。だけどな、俺らの世界じゃ、実の弟をぶちのめされておいて、はいそうですかというわけにもいかないんだ。分かるな?」
「ええ、はい……」
指の一本でも差し出さないといけないのだろうか。
その場にいた誰もが息苦しさで窒息しそうになっていた。
「安心しろ、俺はおめえの味方だからよ」
定岡は松原の肩に手を置いた。不自然な笑顔。不吉さしか感じられなかった。
「そのでけえ兄ちゃんと、銀次郎のお気に入りの女を貸して欲しいんだ」
視線が黒崎に集まった。哀れみ。ドナドナでも流れてきそうな空気だった。
テーブルには大量の酒瓶。よほどの酒豪なのか、顔色一つ変えずにテキーラを飲み干していた。女達が定岡の飲みっぷりを褒めそやす。バカみたいだった。
する事も無くホールの隅に佇んでいると、定岡が「そう言えば」と口を開きはじめた。
「今日、俺がなんでここに来たか知っているか?」
「さあ。かわいい弟分のお店に遊びに来ただけなんじゃないですかね?」
松原が追従の笑みを浮かべる。定岡がタバコを出すと、女よりも先にライターを差し出した。無言で火を点けて、紫煙を吐きだす。
「ああ、そう言いたいところなんだけどよ」
定岡が隣のチンピラを見ると、いやらしい笑いを浮かべていた。
「なんでもこいつがお前のところのモンに世話になったみたいじゃねえか」
「……と、言いますと?」
松原が嫌な汗を浮かべながら腰を低くすると、ホールにガラスの割れる音が響いた。
チンピラが、グラスをテーブルで叩き割った音だった。
「忘れたとは言わせねえぞ、コラ」
チンピラが松原にすごんだ。殺すぞ、と思った。
「まあ、おめえは知ってるかどうか分からねえけどよ」定岡が落ち着いた口調で語りかける。
「こいつは――銀次郎は、俺の弟でな。不出来な肉親とはいえ、それでもかわいいところはあるんだ」
「ええ」
「聞くところによると、そこのでかい兄ちゃんにブチのめされたらしいじゃないか」
「兄貴、そりゃすいませんでした。でも、前もって一言ぐらい言ってくれれば……」
松原はスキンヘッドに玉のような汗を浮かべながら弁明した。おそらく黒崎を守るためではなく、保身のために。
「分かっている。こいつも俺の名前を使って調子をぶっこいていたところもある。だけどな、俺らの世界じゃ、実の弟をぶちのめされておいて、はいそうですかというわけにもいかないんだ。分かるな?」
「ええ、はい……」
指の一本でも差し出さないといけないのだろうか。
その場にいた誰もが息苦しさで窒息しそうになっていた。
「安心しろ、俺はおめえの味方だからよ」
定岡は松原の肩に手を置いた。不自然な笑顔。不吉さしか感じられなかった。
「そのでけえ兄ちゃんと、銀次郎のお気に入りの女を貸して欲しいんだ」
視線が黒崎に集まった。哀れみ。ドナドナでも流れてきそうな空気だった。
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