新作の断片
- 2020/06/07
- 23:47
――クソみてえな商売だ。
口には出さず、タバコを咥えた。
ここで流れる金は目の前でくゆる紫煙のようなものだ。どいつもこいつも救いがたいろくでなし。どこにも安寧の地が無い奴らの掃き溜め。それでも、俺はここにしか居場所が無いと知っている。それを思うといつもうんざりした。
――義父を撲殺後、黒崎京は闇の世界へと逃げ延びていた。
ここにも「わけあり」の奴らがたくさん流れてくる。出自については誰も訊かない。それが暗黙のルール。会うたびに違う苗字を名乗る奴も珍しくない。
一番街に流れてきて、ヤクザの経営する風俗店で客引きをやった。他の客引きと縄張り争いで揉めて、サモア人のハーフを鉄パイプで滅多打ちにしてすぐクビになった。
二つ目の職場では金を貸した同僚がそのまま姿をくらませ、近場のガールズバーで呑んでいたところを発見してトイレで半殺しにした。やはりすぐクビになった。裏社会とはいえ、暴力だけで生きていくのは難しいようだった。
人と接する仕事は向いていないと、令和に用心棒稼業を始めた。時代錯誤もはなはだしい職業選択。だが、生きるためにはそれしかなかった。店で狼藉を働く者が出てくるのは決して喜ばしい事ではないが、不届き者を成敗した後に感謝されると、なんとなしに裏でも社会の一員になれたような気がした。
早朝。顔に大きな創傷のあるマネージャーから給料を受け取ると店を後にした。マネージャーの顔色が日に日に悪くなっていく。肝臓でもやられているのかもしれない。
店を出るとあちこちに吐瀉物の水たまりがあった。カラスが数羽、朝食代わりにつついている。
酔っ払いが、ホームレスのように地面で大の字になっていて、革靴の先を真っ黒なネズミが齧っている。掃き溜めと残飯。まさに自分がいるに相応しい世界。自虐的な思考がどこからともなく湧いてきた。
家を出てから何年も経った。警察は追って来ない。
舞があの惨状をどのように説明したのかも分からない。ただ、追手は来ない。俺は東京のど真ん中にいるのに。
義父を撲殺した事に後悔は無かった。いつかそうなるとは思っていた。黒崎自身、自分の中で暴力性が眼を覚まそうとしているとは分かっていた。舞との情事を目撃された事はただのきっかけにすぎない。引き金にはすでに指はかかっていたのだから。
早朝の一番街を横切る化粧の濃い女。くたびれきった眼に頬のげっそりした男。どいつもろくでもない人間なのは見ただけで分かる。俺も掃き溜めの一員。彼らと少しも変わらない。
口には出さず、タバコを咥えた。
ここで流れる金は目の前でくゆる紫煙のようなものだ。どいつもこいつも救いがたいろくでなし。どこにも安寧の地が無い奴らの掃き溜め。それでも、俺はここにしか居場所が無いと知っている。それを思うといつもうんざりした。
――義父を撲殺後、黒崎京は闇の世界へと逃げ延びていた。
ここにも「わけあり」の奴らがたくさん流れてくる。出自については誰も訊かない。それが暗黙のルール。会うたびに違う苗字を名乗る奴も珍しくない。
一番街に流れてきて、ヤクザの経営する風俗店で客引きをやった。他の客引きと縄張り争いで揉めて、サモア人のハーフを鉄パイプで滅多打ちにしてすぐクビになった。
二つ目の職場では金を貸した同僚がそのまま姿をくらませ、近場のガールズバーで呑んでいたところを発見してトイレで半殺しにした。やはりすぐクビになった。裏社会とはいえ、暴力だけで生きていくのは難しいようだった。
人と接する仕事は向いていないと、令和に用心棒稼業を始めた。時代錯誤もはなはだしい職業選択。だが、生きるためにはそれしかなかった。店で狼藉を働く者が出てくるのは決して喜ばしい事ではないが、不届き者を成敗した後に感謝されると、なんとなしに裏でも社会の一員になれたような気がした。
早朝。顔に大きな創傷のあるマネージャーから給料を受け取ると店を後にした。マネージャーの顔色が日に日に悪くなっていく。肝臓でもやられているのかもしれない。
店を出るとあちこちに吐瀉物の水たまりがあった。カラスが数羽、朝食代わりにつついている。
酔っ払いが、ホームレスのように地面で大の字になっていて、革靴の先を真っ黒なネズミが齧っている。掃き溜めと残飯。まさに自分がいるに相応しい世界。自虐的な思考がどこからともなく湧いてきた。
家を出てから何年も経った。警察は追って来ない。
舞があの惨状をどのように説明したのかも分からない。ただ、追手は来ない。俺は東京のど真ん中にいるのに。
義父を撲殺した事に後悔は無かった。いつかそうなるとは思っていた。黒崎自身、自分の中で暴力性が眼を覚まそうとしているとは分かっていた。舞との情事を目撃された事はただのきっかけにすぎない。引き金にはすでに指はかかっていたのだから。
早朝の一番街を横切る化粧の濃い女。くたびれきった眼に頬のげっそりした男。どいつもろくでもない人間なのは見ただけで分かる。俺も掃き溜めの一員。彼らと少しも変わらない。
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