新作の断片
- 2020/05/31
- 17:00
唐突に始まった舞との関係はしばらく続いた。
ある時は京の部屋で。ある時はトイレで。茂彦の目を盗んでは二人で背徳の愛を育んだ。
――どうせ血は繋がっていない。
罪悪感のようなものが脳裏を過ぎると、京は自分にそう言い聞かせた。
世間では天使と讃えられた女も、深みに一歩でも足を踏み入れるとただのメスだった。二人は良く言えば愛を育み、端的に言うなら欲望に身を任せたけだものとなった。
六月。火曜日の夕方。下校すると、シャワーも浴びずに舞をむさぼった。
どちらから誘うでもなく、部屋に入ると唇を重ねた。ぬめる舌。糸を引く唾液を交換し合った。
ベッドに倒れ込む。
ブラウス越しに柔らかい身体に触れると、熱を持って少しずつじっとりしてきた。スカートに手をつっ込んで下着を下ろすと、すでに固くなったそれを滑り込ませていく。前戯が無くても、滑らかに入っていけた。
苦悶――いや、快楽なのか。顔を歪めた舞が甘い声を漏らす。そこに天使の面影は無い。
手を突いて、揺らした。
乾いていた結合部が、次第に潤いを帯びていく。キスをした。
殺しきれない嬌声が部屋に小さく響く。舞が背中を強く握ってくる。抱きしめ返した。
しばらく律動を作り出した後、京が果てる。温かい液体が、舞の中に吸い込まれていくのが分かった。
喘鳴。幸せそうな顔――年に似つかわしくない女の顔だった。
二人にとってはいつもの事だった。
起き上がって水を飲もうとすると、背後に気配がした。
――殺気。一般的な家庭には無い、押しつぶすような敵意。
異様な空気を察した京が振り向くと、そこには義父の茂彦がいた。
しばらく時が止まっていたのだと思う。京も茂彦も無言のまま、じっとその場に立っていた。快感に果てたそれは、固さを失ったまま、糸を引いて垂れさがっていた。誰が見ても何が起こったか明白だった。
「今日は、仕事が終わるのが早かったんだ……」
死んだような声だった。何とかひり出した一言だったに違いない。
京は黙って茂彦を見ていた。虚ろな眼で、彼が何を考えていたのかは誰も知らない。時間差で異変に気付いた舞は、茂彦の姿を見て固まっていた。
茂彦は無言でゴルフクラブを手にした。夕日に照らされるアイアン。乱反射する光が刃物みたいだった。
京は無言で構えた。
誰に教えられたのでもない。
ただ、生きるにはこうするしかないと、本能が言っていた。おそらく茂彦は京の殺害を決意したのだ。どのような話し合いも意味を為さないだろう。
もう夏なのに、空気が凍てついていた。さっきまで熱を持っていた身体からは汗が引き、舌が渇いた。
負ければ、死ぬ。それだけはたしかだった。
茂彦がアイアンを振り下ろす。身体を引き、鼻先でかわした。踏み込む。バランスを崩したところに右ストレートをブチ込んだ。鼻がつぶれて、鮮血が顔に広がる。
壁に背中を打ちつけながらも、茂彦はアイアンのグリップを離さなかった。殴りかかる京の喉を、アイアンのグリップで突いた。
京が噎せる。グリップを持ち直して、上から振り下ろしてくる。額に衝撃。頭蓋骨を通して、強烈な振動が伝わってくる。よろけそうになって、堪えた。
またアイアンが目の前に迫り来る。死ぬ、と思った。
――その時、左手が勝手にアイアンの柄を掴んで止めた。右腕が拳を振り抜く。拳骨に衝撃。骨の砕ける感触がした。
それからは時間が止まったようだった。
奪ったアイアンのグリップを持つと、何度も義父の身体に振り下ろした。
肉を打つ音、骨を砕く感触、舞の悲鳴。
脳裏に、こだまのように鳴り響いていた。
気付けば、顔が温かった。頬に手を当てると、まだ熱を持った血がべったりと付いていた。
鼓動。なぜか、よく聞こえた。自分の生命として、脈打つ律動が。
目の前にはさっきまで茂彦だったものがうつ伏せになって無様な姿をさらしている。シミのように広がっていく血。紅く染まりゆくフローリング。何もかもが現実感の無い映像に見えた。
荒い呼吸を感じて振り返ると、舞が大きく目を見開いていた。
天使とまで呼ばれた少女の眼からは感情が消えて、驚愕と恐怖に支配された双眸は三白眼のようになっていた。
見つめ合った。さっき茂彦とそうしたように、何秒間も。
「すまない」
そう言うと、京は背を向けた。鮮血に染まったまま、家を出て行く。
玄関の扉が閉まると、それがスイッチだったかのように舞は意識を取り戻した。
目の前に広がる惨状。
赤黒い血。ひしゃげたアイアン。さっきまで父親だった有機体。何もかもが歪んでいて、元に戻す事が出来なくなっていた。
ひしゃげたアイアンがカランと音を立てて床に転がった。
舞は、その音を生涯忘れる事は無いだろうと思った。
ある時は京の部屋で。ある時はトイレで。茂彦の目を盗んでは二人で背徳の愛を育んだ。
――どうせ血は繋がっていない。
罪悪感のようなものが脳裏を過ぎると、京は自分にそう言い聞かせた。
世間では天使と讃えられた女も、深みに一歩でも足を踏み入れるとただのメスだった。二人は良く言えば愛を育み、端的に言うなら欲望に身を任せたけだものとなった。
六月。火曜日の夕方。下校すると、シャワーも浴びずに舞をむさぼった。
どちらから誘うでもなく、部屋に入ると唇を重ねた。ぬめる舌。糸を引く唾液を交換し合った。
ベッドに倒れ込む。
ブラウス越しに柔らかい身体に触れると、熱を持って少しずつじっとりしてきた。スカートに手をつっ込んで下着を下ろすと、すでに固くなったそれを滑り込ませていく。前戯が無くても、滑らかに入っていけた。
苦悶――いや、快楽なのか。顔を歪めた舞が甘い声を漏らす。そこに天使の面影は無い。
手を突いて、揺らした。
乾いていた結合部が、次第に潤いを帯びていく。キスをした。
殺しきれない嬌声が部屋に小さく響く。舞が背中を強く握ってくる。抱きしめ返した。
しばらく律動を作り出した後、京が果てる。温かい液体が、舞の中に吸い込まれていくのが分かった。
喘鳴。幸せそうな顔――年に似つかわしくない女の顔だった。
二人にとってはいつもの事だった。
起き上がって水を飲もうとすると、背後に気配がした。
――殺気。一般的な家庭には無い、押しつぶすような敵意。
異様な空気を察した京が振り向くと、そこには義父の茂彦がいた。
しばらく時が止まっていたのだと思う。京も茂彦も無言のまま、じっとその場に立っていた。快感に果てたそれは、固さを失ったまま、糸を引いて垂れさがっていた。誰が見ても何が起こったか明白だった。
「今日は、仕事が終わるのが早かったんだ……」
死んだような声だった。何とかひり出した一言だったに違いない。
京は黙って茂彦を見ていた。虚ろな眼で、彼が何を考えていたのかは誰も知らない。時間差で異変に気付いた舞は、茂彦の姿を見て固まっていた。
茂彦は無言でゴルフクラブを手にした。夕日に照らされるアイアン。乱反射する光が刃物みたいだった。
京は無言で構えた。
誰に教えられたのでもない。
ただ、生きるにはこうするしかないと、本能が言っていた。おそらく茂彦は京の殺害を決意したのだ。どのような話し合いも意味を為さないだろう。
もう夏なのに、空気が凍てついていた。さっきまで熱を持っていた身体からは汗が引き、舌が渇いた。
負ければ、死ぬ。それだけはたしかだった。
茂彦がアイアンを振り下ろす。身体を引き、鼻先でかわした。踏み込む。バランスを崩したところに右ストレートをブチ込んだ。鼻がつぶれて、鮮血が顔に広がる。
壁に背中を打ちつけながらも、茂彦はアイアンのグリップを離さなかった。殴りかかる京の喉を、アイアンのグリップで突いた。
京が噎せる。グリップを持ち直して、上から振り下ろしてくる。額に衝撃。頭蓋骨を通して、強烈な振動が伝わってくる。よろけそうになって、堪えた。
またアイアンが目の前に迫り来る。死ぬ、と思った。
――その時、左手が勝手にアイアンの柄を掴んで止めた。右腕が拳を振り抜く。拳骨に衝撃。骨の砕ける感触がした。
それからは時間が止まったようだった。
奪ったアイアンのグリップを持つと、何度も義父の身体に振り下ろした。
肉を打つ音、骨を砕く感触、舞の悲鳴。
脳裏に、こだまのように鳴り響いていた。
気付けば、顔が温かった。頬に手を当てると、まだ熱を持った血がべったりと付いていた。
鼓動。なぜか、よく聞こえた。自分の生命として、脈打つ律動が。
目の前にはさっきまで茂彦だったものがうつ伏せになって無様な姿をさらしている。シミのように広がっていく血。紅く染まりゆくフローリング。何もかもが現実感の無い映像に見えた。
荒い呼吸を感じて振り返ると、舞が大きく目を見開いていた。
天使とまで呼ばれた少女の眼からは感情が消えて、驚愕と恐怖に支配された双眸は三白眼のようになっていた。
見つめ合った。さっき茂彦とそうしたように、何秒間も。
「すまない」
そう言うと、京は背を向けた。鮮血に染まったまま、家を出て行く。
玄関の扉が閉まると、それがスイッチだったかのように舞は意識を取り戻した。
目の前に広がる惨状。
赤黒い血。ひしゃげたアイアン。さっきまで父親だった有機体。何もかもが歪んでいて、元に戻す事が出来なくなっていた。
ひしゃげたアイアンがカランと音を立てて床に転がった。
舞は、その音を生涯忘れる事は無いだろうと思った。
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