新作の断片
- 2020/05/04
- 12:43
(補足:主人公が元イジメっ子とキックルールで闘う事になり、敵の映像を研究のために見ています。主人公はギャルなので口が悪いです (笑)
動画はわりとあっさりと見つかったので、わたしは敵情視察というか、研究に励む。敵を知り、己を知れば……その先は忘れた。動画に集中しよう。
動画はわりと最近に行われた試合のものだった。
ルナはスパッツの上にフリフリのスカートみたいな衣装を身に着けている。上も水着みたいなデザインで、色んな意味で「狙ってる」な~って感じ。
対する対戦相手もどうやらアイドル出身だそうで、こっちの方はアイドルを辞めてキックボクサーに専念した選手とのこと。ショートカットで整った顔立ち。でも精悍で、どっちかっていうと男前な顔に見えた。アイドル時代との比較映像が出ていたけど、こっちの方が本当の姿なんだと思う。
試合がはじまると、予想以上に本格的な動きで二人は距離を詰めていく。ガードを高く上げて、タイ人みたいに小刻みに身体を揺らしながら攻撃の隙をうかがう。
やべえ、こいつら、強い。
思うが早く、ショートカットが片足を上げる。
素早い前蹴り。ルナはサイドに少しだけ動いて悠々とかわす。
それとともに、強烈な左ミドルキックをガードの上から叩き込んだ。
げ、こいつ、サウスポーかよ。
右脚が前に出ている。蜂谷ルナはサウスポースタイルのファイターのようだ。
サウスポーがオーソドックスと闘う場合、ミドルキックがけっこう有効な武器になる。レバーがこちらから見て左側のおなかにあって、そこを打たれると地獄の苦しみにのたうち回ることになるからだ。
この女、リングの上でも徹底的に性格が悪いみたい。
ショートカットは左ミドルをガードで防いだものの、映像ごしにもかなりの衝撃があったことが見てとれた。腕がビリビリしていると思う。
カメラが切り替わると、ルナは大きな目をぱちくりさせながら、相手の動きを観察している。
――こいつ、遊んでやがる。
格闘技では一瞬の隙を見て攻撃したりカウンターを取ったりする。そのため、どうしても試合中の目つきは鋭くなる。
だけど、蜂谷ルナはアイドルっぽい目を保ったまま、言い換えるなら虚飾のキャラクターを維持したまま闘っている。
そんなことができるということは、かなり余裕があるということで、つまりは実力差があるってこと。嘘だと思うんなら、リング上でずっとぶりっ子しながら闘ってみるといい。そんな余裕があるのならだけど。
ショートカットが後ずさる。ルナが距離をつめて、ニコニコしながらプレッシャーをかける。
コーナーまで追い詰めると、またノーモーションの左ミドルが連続で放たれる。一発ごとにヤバすぎる音が鳴って、早くもショートカットのガードが下がってきた。ガードごと破壊されたか。
ルナが飛ぶ。
上空からヒジ。鉈のように振り下ろされる。
ゴリっと音がして、ルナがバックステップで距離を取った。
間もなく、ショートカットの額から血が流れはじめる。
レフリーが一時試合を止める。
リングサイドにドクターが上がり、ショートカットの傷を確認している。ルナはニュートラルコーナーによっかかってくつろぎ、ファンから声がかかると天使みたいな笑顔で手を振っていた。死ねばいいのに。
しばらく経つとドクターがレフリーに何かを言い、両選手がリング中央に集められる。試合続行だ。
わき立つ会場。決着が近いことを誰もが察している。
ショートカットは血をダラダラ流しながら攻撃の隙をうかがう。見てて「これ普通にストップじゃない?」って思ったけど、ドクターもルナの試合をもう少し見たかったのかもしれない。
もう後がない。そう思ったのか、ショートカットはパンチで襲いかかる。たしかに、この出血量だと悠長にチャンスを待っている場合じゃない。試合が止められる可能性が高いからだ。
それを見たルナはノーガード。アゴをつき出してニコニコ笑っている。こいつの煽りスキルすごいわ。
殴り合いに応じるらしい。
ショートカットがワンツーで飛び込むと、薄ら笑いを浮かべたルナはスウェーバックを使って鼻先でかわし、リターンで左ストレートを放った。カウンターにほど近い一撃がショートカットを襲う。
左拳はショートカットのアゴを打ち抜き、背中からリングに叩きつけられる。二度目のダウン。歓声が上がる。
レフリーが再びカウントを数える。ショートカットは足元がおぼつかないが、「やります! やります!」とカメラにまで届く大声で言うと、気合で試合続行になった。
ルナがそろりと歩きだす。
――寒気がする。殺気が、ニュートラルコーナーに残っていた。
ルナは少しだけつまらなそうな顔をした後、嘘くさいアイドルスマイルでまた構えはじめる。パッと見は笑っているけど、一番危険な時の山本KID徳郁と似た匂いがした。
ショートカットの顔から表情が消える。彼女も笑顔の裏に隠された強烈な殺意を察したみたい。
ぜえぜえと肩を揺らしながら攻めあぐねていると、蜂谷ルナはそろりそろりと歩いていき、またノーモーションの左ミドル。ガードがはじけて、体勢を大きく崩す。
そのまま距離を詰めて、左のヒジを叩き込む。鮮血。美しい顔に、もう一つの紅い華が咲いた。
ヨロヨロとコーナーへ引き下がると、首を掴んで、ヒザ、ヒジを無慈悲に叩き込んでいく。
カメラが切り替わる。
ルナは笑っていた。とびっきり邪悪な顔で。
レフリーが止めに入ろうとしたその刹那、二人の間に距離ができる。
「あっ……」
わたしが思わず声を上げたその時、蜂谷ルナの放った左ハイキックが首にめり込んだ。ショートカットが人形みたいに倒れる。
レフリーがノーカウントで試合を止めた。
――戦慄。
まさに、そんな表現しか見当たらない試合だった。
これ、ヤバくないか?
動画はわりとあっさりと見つかったので、わたしは敵情視察というか、研究に励む。敵を知り、己を知れば……その先は忘れた。動画に集中しよう。
動画はわりと最近に行われた試合のものだった。
ルナはスパッツの上にフリフリのスカートみたいな衣装を身に着けている。上も水着みたいなデザインで、色んな意味で「狙ってる」な~って感じ。
対する対戦相手もどうやらアイドル出身だそうで、こっちの方はアイドルを辞めてキックボクサーに専念した選手とのこと。ショートカットで整った顔立ち。でも精悍で、どっちかっていうと男前な顔に見えた。アイドル時代との比較映像が出ていたけど、こっちの方が本当の姿なんだと思う。
試合がはじまると、予想以上に本格的な動きで二人は距離を詰めていく。ガードを高く上げて、タイ人みたいに小刻みに身体を揺らしながら攻撃の隙をうかがう。
やべえ、こいつら、強い。
思うが早く、ショートカットが片足を上げる。
素早い前蹴り。ルナはサイドに少しだけ動いて悠々とかわす。
それとともに、強烈な左ミドルキックをガードの上から叩き込んだ。
げ、こいつ、サウスポーかよ。
右脚が前に出ている。蜂谷ルナはサウスポースタイルのファイターのようだ。
サウスポーがオーソドックスと闘う場合、ミドルキックがけっこう有効な武器になる。レバーがこちらから見て左側のおなかにあって、そこを打たれると地獄の苦しみにのたうち回ることになるからだ。
この女、リングの上でも徹底的に性格が悪いみたい。
ショートカットは左ミドルをガードで防いだものの、映像ごしにもかなりの衝撃があったことが見てとれた。腕がビリビリしていると思う。
カメラが切り替わると、ルナは大きな目をぱちくりさせながら、相手の動きを観察している。
――こいつ、遊んでやがる。
格闘技では一瞬の隙を見て攻撃したりカウンターを取ったりする。そのため、どうしても試合中の目つきは鋭くなる。
だけど、蜂谷ルナはアイドルっぽい目を保ったまま、言い換えるなら虚飾のキャラクターを維持したまま闘っている。
そんなことができるということは、かなり余裕があるということで、つまりは実力差があるってこと。嘘だと思うんなら、リング上でずっとぶりっ子しながら闘ってみるといい。そんな余裕があるのならだけど。
ショートカットが後ずさる。ルナが距離をつめて、ニコニコしながらプレッシャーをかける。
コーナーまで追い詰めると、またノーモーションの左ミドルが連続で放たれる。一発ごとにヤバすぎる音が鳴って、早くもショートカットのガードが下がってきた。ガードごと破壊されたか。
ルナが飛ぶ。
上空からヒジ。鉈のように振り下ろされる。
ゴリっと音がして、ルナがバックステップで距離を取った。
間もなく、ショートカットの額から血が流れはじめる。
レフリーが一時試合を止める。
リングサイドにドクターが上がり、ショートカットの傷を確認している。ルナはニュートラルコーナーによっかかってくつろぎ、ファンから声がかかると天使みたいな笑顔で手を振っていた。死ねばいいのに。
しばらく経つとドクターがレフリーに何かを言い、両選手がリング中央に集められる。試合続行だ。
わき立つ会場。決着が近いことを誰もが察している。
ショートカットは血をダラダラ流しながら攻撃の隙をうかがう。見てて「これ普通にストップじゃない?」って思ったけど、ドクターもルナの試合をもう少し見たかったのかもしれない。
もう後がない。そう思ったのか、ショートカットはパンチで襲いかかる。たしかに、この出血量だと悠長にチャンスを待っている場合じゃない。試合が止められる可能性が高いからだ。
それを見たルナはノーガード。アゴをつき出してニコニコ笑っている。こいつの煽りスキルすごいわ。
殴り合いに応じるらしい。
ショートカットがワンツーで飛び込むと、薄ら笑いを浮かべたルナはスウェーバックを使って鼻先でかわし、リターンで左ストレートを放った。カウンターにほど近い一撃がショートカットを襲う。
左拳はショートカットのアゴを打ち抜き、背中からリングに叩きつけられる。二度目のダウン。歓声が上がる。
レフリーが再びカウントを数える。ショートカットは足元がおぼつかないが、「やります! やります!」とカメラにまで届く大声で言うと、気合で試合続行になった。
ルナがそろりと歩きだす。
――寒気がする。殺気が、ニュートラルコーナーに残っていた。
ルナは少しだけつまらなそうな顔をした後、嘘くさいアイドルスマイルでまた構えはじめる。パッと見は笑っているけど、一番危険な時の山本KID徳郁と似た匂いがした。
ショートカットの顔から表情が消える。彼女も笑顔の裏に隠された強烈な殺意を察したみたい。
ぜえぜえと肩を揺らしながら攻めあぐねていると、蜂谷ルナはそろりそろりと歩いていき、またノーモーションの左ミドル。ガードがはじけて、体勢を大きく崩す。
そのまま距離を詰めて、左のヒジを叩き込む。鮮血。美しい顔に、もう一つの紅い華が咲いた。
ヨロヨロとコーナーへ引き下がると、首を掴んで、ヒザ、ヒジを無慈悲に叩き込んでいく。
カメラが切り替わる。
ルナは笑っていた。とびっきり邪悪な顔で。
レフリーが止めに入ろうとしたその刹那、二人の間に距離ができる。
「あっ……」
わたしが思わず声を上げたその時、蜂谷ルナの放った左ハイキックが首にめり込んだ。ショートカットが人形みたいに倒れる。
レフリーがノーカウントで試合を止めた。
――戦慄。
まさに、そんな表現しか見当たらない試合だった。
これ、ヤバくないか?
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