新作の断片(25,000字まで書いた。なかなか快調)
- 2020/04/09
- 22:11
電子音がした。
通路の向こう側から、ガラの悪い男が食事を持ってきた。これが夕食らしい。
鶏肉入りの野菜スープに納豆ご飯。豚のレバーを焼いたものに豆乳が付いていた。なかなか栄養バランスを理解している奴がメシを作っているようだ。
旨くはないが、栄養が全身にいきわたるのが分かった。アスリートにとってタンパク質や鉄分、ビタミンは必須成分になる。それらが満たされていくのが分かった。
「なんか、給食みたいな味だね」
理央が、退屈なものを見るような眼で言った。お前の野菜炒めなんか地獄の味じゃねえか。そんな想いを胸に秘めたまま聞き流す。
「……でもさ、わたし、ちょっとうれしいんだよね」
「なにが?」
「ほら、わたしって前に付き合ってた人から大抵DV受けたりしてたじゃん」
「よくそんな自虐話を自分から掘り返そうと思ったな」
永らく風俗嬢を続けてきた理央の男は大半が元客だった。若くてかわいい理央はたくさんの客に愛されたが、それはあくまでも夜の蝶としての話。
まともな人間はまず理央と本気で付き合おうとはしなかったし、店の外でも理央と会いたがる客は大抵どこか精神構造に問題があった。その最たるものは暴力である。
最初は誰もが理央を世界一かわいい女のように大切にした。
だが、時間が経てば誰もが最終的に暴力を振るうようになった。
理由は様々だった。ただのアル中もいたし、彼女が他の客と会っていると思うとそれだけで狂ったように嫉妬する人間もいた。自分もその一人だったはずなのに。
理由はどうあれ、男達は最終的に理央を殴った。殴られた時はケガの具合によって出勤出来ない事もあった。誰が目に痣を作った女を抱きたいと思うだろう。
負の連鎖に歯止めをかけたのが大月だった。
そもそもは理央の客だった大月が、「店の外で会おう」と電話番号を交換していたのが始まりだった。店が支給しているスマホなので、営業で客を呼び込む道具でしかなかったのだが、理央は毎回客との距離感を間違えたため、トラブルが絶えなかった。
大月と会い始めた頃、理央は土建屋のチンピラに暴力を振るわれていた。焼き肉屋で会った時に大月は長袖の端あたりからのぞく痣を目ざとく見つけ、理央を問い詰めた。
直後に土建屋の暴力を知った大月は酒のせいもあってか激怒し、焼き肉屋から土建屋の家まで直行。インターフォンを狂ったように連打し、怒号を上げながら出てきた土建屋を半殺しにした。殴り過ぎて、特殊メイクをしたような様相になった。
血にまみれて泣き叫ぶ土建屋に、二度と理央と関わらない誓約書にサインをさせ、鼻血で拇印を押させた。以来、土建屋が理央に関わる事は無い。
半ば予想通り、理央は大月に惚れた。
当初はセフレが出来たらいいぐらいの感覚だったが、好きを全開にしてくる女がいるのは悪い気がしなかった。別にどちらかが付き合おうとか言い始めたわけではない。だが、気が付いたら一緒に住んでいた。
「あれは酷い時代だったな」
「うん。ゴローちゃんがいなかったら、本当にどうなってたんだろうとか、今でも思う」
「俺のお陰だな」
「そうだね」
「……」
「あのね」
「なんだ?」
「わたしを殴らないでくれた人って、後にも先にもゴローちゃん一人だけなのね」
「うん」
「だからじゃないけど」
「うん」
「もしかしたら、最後の男にするならゴローちゃんって神様が言ってんのかな、なんて思うこともある」
「うん」
「でも、そのゴローちゃんが今、危険な目に遭おうとしている」
「うん」
「つらくて、やめてほしい。それでも、それを口にしてもゴローちゃんは止まらない」
「うん」
「でも、見方を変えたら、わたしのために命を懸けてくれてるのかなって」
「……否定はしない。どっちにしても闘う以外に道は無いんだ。断っても負けても行き先は地獄。それだけははっきりしている」
「これが終わったら、幸せに暮らせるのかな?」
「さあな。ヤクザがそんなに簡単に見逃してくれるとは思えないが」
「そうかも。どっちにしても行き先は地獄かもしれない」
「うん」
「でも」
「でも?」
「ゴローちゃんとなら、別に地獄に落ちてもいいかな、なんて」
「悪い気はしねえな」
抱き合って、キスをした。舌を絡ませ、唾液を交換する。
理央の首筋に舌を這わせると、ふいに館内放送が鳴り響いた。
「おい、バカップルよ。さっき言っただろう。今日はヤるんじゃねえよ」
天井のスピーカーを見て苦笑いした。監視カメラで何もかもお見通しらしい。
「たしかに明日は試合だ。終わったら好きなだけヤるぞ」
「うん」
最後にもう一度だけキスをして、眠りにつく事にした。
通路の向こう側から、ガラの悪い男が食事を持ってきた。これが夕食らしい。
鶏肉入りの野菜スープに納豆ご飯。豚のレバーを焼いたものに豆乳が付いていた。なかなか栄養バランスを理解している奴がメシを作っているようだ。
旨くはないが、栄養が全身にいきわたるのが分かった。アスリートにとってタンパク質や鉄分、ビタミンは必須成分になる。それらが満たされていくのが分かった。
「なんか、給食みたいな味だね」
理央が、退屈なものを見るような眼で言った。お前の野菜炒めなんか地獄の味じゃねえか。そんな想いを胸に秘めたまま聞き流す。
「……でもさ、わたし、ちょっとうれしいんだよね」
「なにが?」
「ほら、わたしって前に付き合ってた人から大抵DV受けたりしてたじゃん」
「よくそんな自虐話を自分から掘り返そうと思ったな」
永らく風俗嬢を続けてきた理央の男は大半が元客だった。若くてかわいい理央はたくさんの客に愛されたが、それはあくまでも夜の蝶としての話。
まともな人間はまず理央と本気で付き合おうとはしなかったし、店の外でも理央と会いたがる客は大抵どこか精神構造に問題があった。その最たるものは暴力である。
最初は誰もが理央を世界一かわいい女のように大切にした。
だが、時間が経てば誰もが最終的に暴力を振るうようになった。
理由は様々だった。ただのアル中もいたし、彼女が他の客と会っていると思うとそれだけで狂ったように嫉妬する人間もいた。自分もその一人だったはずなのに。
理由はどうあれ、男達は最終的に理央を殴った。殴られた時はケガの具合によって出勤出来ない事もあった。誰が目に痣を作った女を抱きたいと思うだろう。
負の連鎖に歯止めをかけたのが大月だった。
そもそもは理央の客だった大月が、「店の外で会おう」と電話番号を交換していたのが始まりだった。店が支給しているスマホなので、営業で客を呼び込む道具でしかなかったのだが、理央は毎回客との距離感を間違えたため、トラブルが絶えなかった。
大月と会い始めた頃、理央は土建屋のチンピラに暴力を振るわれていた。焼き肉屋で会った時に大月は長袖の端あたりからのぞく痣を目ざとく見つけ、理央を問い詰めた。
直後に土建屋の暴力を知った大月は酒のせいもあってか激怒し、焼き肉屋から土建屋の家まで直行。インターフォンを狂ったように連打し、怒号を上げながら出てきた土建屋を半殺しにした。殴り過ぎて、特殊メイクをしたような様相になった。
血にまみれて泣き叫ぶ土建屋に、二度と理央と関わらない誓約書にサインをさせ、鼻血で拇印を押させた。以来、土建屋が理央に関わる事は無い。
半ば予想通り、理央は大月に惚れた。
当初はセフレが出来たらいいぐらいの感覚だったが、好きを全開にしてくる女がいるのは悪い気がしなかった。別にどちらかが付き合おうとか言い始めたわけではない。だが、気が付いたら一緒に住んでいた。
「あれは酷い時代だったな」
「うん。ゴローちゃんがいなかったら、本当にどうなってたんだろうとか、今でも思う」
「俺のお陰だな」
「そうだね」
「……」
「あのね」
「なんだ?」
「わたしを殴らないでくれた人って、後にも先にもゴローちゃん一人だけなのね」
「うん」
「だからじゃないけど」
「うん」
「もしかしたら、最後の男にするならゴローちゃんって神様が言ってんのかな、なんて思うこともある」
「うん」
「でも、そのゴローちゃんが今、危険な目に遭おうとしている」
「うん」
「つらくて、やめてほしい。それでも、それを口にしてもゴローちゃんは止まらない」
「うん」
「でも、見方を変えたら、わたしのために命を懸けてくれてるのかなって」
「……否定はしない。どっちにしても闘う以外に道は無いんだ。断っても負けても行き先は地獄。それだけははっきりしている」
「これが終わったら、幸せに暮らせるのかな?」
「さあな。ヤクザがそんなに簡単に見逃してくれるとは思えないが」
「そうかも。どっちにしても行き先は地獄かもしれない」
「うん」
「でも」
「でも?」
「ゴローちゃんとなら、別に地獄に落ちてもいいかな、なんて」
「悪い気はしねえな」
抱き合って、キスをした。舌を絡ませ、唾液を交換する。
理央の首筋に舌を這わせると、ふいに館内放送が鳴り響いた。
「おい、バカップルよ。さっき言っただろう。今日はヤるんじゃねえよ」
天井のスピーカーを見て苦笑いした。監視カメラで何もかもお見通しらしい。
「たしかに明日は試合だ。終わったら好きなだけヤるぞ」
「うん」
最後にもう一度だけキスをして、眠りにつく事にした。
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