Грех и повестки дня
- 2018/07/02
- 03:12
これは私の独り言。山手線で見た、遠い日の記憶。
罪――それは、いつまで経っても人間を戒め続ける。
1656年。場所は、おそらくロシア。
私の名前は、オルガだったかと思う。
当時の私は酷寒の地にある娼館で女衒をやっていた。
元々は殿方のお相手をする遊女だったのだけど、時の経過とともに裏方へ引っ込んだ。
当時の同僚がどうなったのか、あまりよく憶えていない。
わずかな人達は貴族の妾になって、後は病気や面白半分の殺人で死んでしまったのだと思う。
私自身はそんなに大した娼婦ではなかったのだけど、商才があったせいか店のマダムを任されることになった。
当時、娼館には暗黙のルールがあった。
仲間が死んでも傷付かないように、いつも一定の距離を取っていたのだと思う。
いつ貴族や軍人のきまぐれで殺されるかわからない娼婦の仲間達に、いちいち家族愛なんて持っていたら身が持たない。
だから私も人生というものにさしたる興味もなく、かといって絶望することもなく日々を過ごしてたのだと思う。無駄な人生をどうして生きるかって?
生き方の話なんて、私達の中では禁句だった。
自分で人生に幕引きをしたら、神様が私を迎えてくれなくなる。だから、自殺なんて選択肢にすら無かった。キリスト教徒の自殺者は天国には行けない。
どうして私達は生まれた頃から他の人よりも多く償わないといけないのかと思いながら生きていたけど、この世界には説明のつかない不条理なんていくらでもあった。
だからどんな理不尽でも受け入れた。
受け入れるしかなかった。
ある日、とても綺麗な子供が売られてきた。10歳の少女で、没落貴族が借金のカタに愛娘を売り出したということだった。
名前は、思い出せない。ひとまずソフィア……ソーニャと呼んでおこうと思う。
ソーニャは大切に育てられた娘らしく、凛とした目で私を見ていた。
とは言っても、自分が売られたことをただ知らなかっただけなのかもしれないけれど。
とにかく、情を持たないポリシーを持つ私がひどく惹かれた娘だったのはよく憶えている。
だけど、ここは娼館。ここにあるのは食うか食われるか。そこに名家の生まれという要素など少しも関係なく、客を魅了出来ればお姫様のようになれるし、出来なければ飢えて死ぬだけ。
経営者に回った私の存在など、異例中の異例だった。多くの人は遅かれ早かれ後悔と苦しみとともに命を落としていく。
運の良い娼婦は貴族に買われて妾になれるけれど、ほとんどの人は病気か飢えで死ぬ。昨日までは人気者でも、時の経過とともに美しさが衰えて、誰も買い手がつかなくなれば行く先は同じ。そこが天国だと信じたかった。
「神様は生きるための姦淫なら赦してくれるでしょう」
どちらかと言うと、自分のために言っていた気がする。そうでなければ、この世界はなんだってこんなに理不尽に出来ているのか。
ソーニャはとてもいい娘で、才能もあった。
売り物にならない時期は店の手伝いをしていたけれど、見た目もかわいくいじらしい彼女は、娼婦にとてもかわいがられた。幸せな家族を持てない彼女達にとって、ソーニャは本当に娘のような存在だったのだと思う。
そのまま大きくなったソーニャは大層な美人となって、本当に傾国のような女性になった。英才教育を受けた彼女の技術はたちどころに男達を昇天させて、夢中にさせて、そして破滅させた。
ソーニャに夢中になって夫婦仲が崩壊した男も後を絶たなかった。
私は彼女が誇りだった。没落貴族に売られた少女を一人前の傾国に仕上げたのだ。それもそうだろう。
だけど、私は自分を戒め忘れていた。幸せ過ぎた毎日に。
幸福というやつは、のんびりとその味を噛みしめているとすぐに牙を剥く。
ある日、ソーニャの評判を聞きつけた貴族だか軍人だかが彼女を買いに来た。
明らかに不穏な空気を醸し出している奴らで、嫌な予感がした。
彼らは大金を差し出して、横柄にもソーニャを出せと言う。
私の勘が「やめろ」と言っていた。だけど、そういうわけにはいかない。
相手は表社会の名士。楯突けばここの娼館ごと焼き払いかねない。神を冒涜する者として。
断るわけにはいかなかった。だけど、私はどうしてもソーニャを差し出したくなかった。
だけど彼女は私の反対を振り切って、自らケダモノの方へと歩んで行った。
「大丈夫だから」
そう言って手を引かれていく彼女の背中を見て、言いようの無い罪悪感を感じたことをよく憶えている。
結論からすると、予想通り彼女は帰って来なかった。
目撃者からの知らせを受けた私は、馬車に乗って現場へと向かった。
不思議と感情は出てこなくて、おそらく私が私自身を守るためにそうしたのだと思う。
吹雪の中に埋もれるのは、全身痣だらけになった裸体。
息を呑んで、凍った髪を撫でようとした。どう見ても生きているはずがない。だけど、信じることが出来なかった。信じたくはなかった。
手袋ごしに伝わる硬い感覚。それは、人肌とはかけ離れた感触だった。
私達の心を癒してくれた天使は、こうやって唐突に姿を消した。
この時に気付いたのだ。私は、この世界で決して情を持ってはいけないという掟を忘れていたことに。
ソーニャが逝って、しばらく何も手に付かなかった。酒は荒んだ心を癒してくれるどころか、永遠に治りそうにない頭痛を一層酷くするだけだった。
だけどいつまでもくじけているわけにもいかなかった。私にはあまりにも多くの女達の人生が委ねられていたからだ。
悲しみが癒えた頃に、また没落貴族の才女が売られてきた。
この娘にも、愛という偽物の価値に翻弄された自身の運命を呪う日が来るのだろうか……?
そう思うと、あの痛みが胸の奥から蘇ってきた。
「私が、守ってあげる」
彼女の両肩に手を置いて言った。
凛とした目を持つ少女は、少しだけ目を見開いていた。
「私があなたを守ってあげる。どんなことがあっても、絶対に」
Я понятия не имел, и это обещание будет 350 лет.
山手線は今日も揺れていた。夕日に照らされて、カタコトと揺れていた。
罪――それは、いつまで経っても人間を戒め続ける。
1656年。場所は、おそらくロシア。
私の名前は、オルガだったかと思う。
当時の私は酷寒の地にある娼館で女衒をやっていた。
元々は殿方のお相手をする遊女だったのだけど、時の経過とともに裏方へ引っ込んだ。
当時の同僚がどうなったのか、あまりよく憶えていない。
わずかな人達は貴族の妾になって、後は病気や面白半分の殺人で死んでしまったのだと思う。
私自身はそんなに大した娼婦ではなかったのだけど、商才があったせいか店のマダムを任されることになった。
当時、娼館には暗黙のルールがあった。
仲間が死んでも傷付かないように、いつも一定の距離を取っていたのだと思う。
いつ貴族や軍人のきまぐれで殺されるかわからない娼婦の仲間達に、いちいち家族愛なんて持っていたら身が持たない。
だから私も人生というものにさしたる興味もなく、かといって絶望することもなく日々を過ごしてたのだと思う。無駄な人生をどうして生きるかって?
生き方の話なんて、私達の中では禁句だった。
自分で人生に幕引きをしたら、神様が私を迎えてくれなくなる。だから、自殺なんて選択肢にすら無かった。キリスト教徒の自殺者は天国には行けない。
どうして私達は生まれた頃から他の人よりも多く償わないといけないのかと思いながら生きていたけど、この世界には説明のつかない不条理なんていくらでもあった。
だからどんな理不尽でも受け入れた。
受け入れるしかなかった。
ある日、とても綺麗な子供が売られてきた。10歳の少女で、没落貴族が借金のカタに愛娘を売り出したということだった。
名前は、思い出せない。ひとまずソフィア……ソーニャと呼んでおこうと思う。
ソーニャは大切に育てられた娘らしく、凛とした目で私を見ていた。
とは言っても、自分が売られたことをただ知らなかっただけなのかもしれないけれど。
とにかく、情を持たないポリシーを持つ私がひどく惹かれた娘だったのはよく憶えている。
だけど、ここは娼館。ここにあるのは食うか食われるか。そこに名家の生まれという要素など少しも関係なく、客を魅了出来ればお姫様のようになれるし、出来なければ飢えて死ぬだけ。
経営者に回った私の存在など、異例中の異例だった。多くの人は遅かれ早かれ後悔と苦しみとともに命を落としていく。
運の良い娼婦は貴族に買われて妾になれるけれど、ほとんどの人は病気か飢えで死ぬ。昨日までは人気者でも、時の経過とともに美しさが衰えて、誰も買い手がつかなくなれば行く先は同じ。そこが天国だと信じたかった。
「神様は生きるための姦淫なら赦してくれるでしょう」
どちらかと言うと、自分のために言っていた気がする。そうでなければ、この世界はなんだってこんなに理不尽に出来ているのか。
ソーニャはとてもいい娘で、才能もあった。
売り物にならない時期は店の手伝いをしていたけれど、見た目もかわいくいじらしい彼女は、娼婦にとてもかわいがられた。幸せな家族を持てない彼女達にとって、ソーニャは本当に娘のような存在だったのだと思う。
そのまま大きくなったソーニャは大層な美人となって、本当に傾国のような女性になった。英才教育を受けた彼女の技術はたちどころに男達を昇天させて、夢中にさせて、そして破滅させた。
ソーニャに夢中になって夫婦仲が崩壊した男も後を絶たなかった。
私は彼女が誇りだった。没落貴族に売られた少女を一人前の傾国に仕上げたのだ。それもそうだろう。
だけど、私は自分を戒め忘れていた。幸せ過ぎた毎日に。
幸福というやつは、のんびりとその味を噛みしめているとすぐに牙を剥く。
ある日、ソーニャの評判を聞きつけた貴族だか軍人だかが彼女を買いに来た。
明らかに不穏な空気を醸し出している奴らで、嫌な予感がした。
彼らは大金を差し出して、横柄にもソーニャを出せと言う。
私の勘が「やめろ」と言っていた。だけど、そういうわけにはいかない。
相手は表社会の名士。楯突けばここの娼館ごと焼き払いかねない。神を冒涜する者として。
断るわけにはいかなかった。だけど、私はどうしてもソーニャを差し出したくなかった。
だけど彼女は私の反対を振り切って、自らケダモノの方へと歩んで行った。
「大丈夫だから」
そう言って手を引かれていく彼女の背中を見て、言いようの無い罪悪感を感じたことをよく憶えている。
結論からすると、予想通り彼女は帰って来なかった。
目撃者からの知らせを受けた私は、馬車に乗って現場へと向かった。
不思議と感情は出てこなくて、おそらく私が私自身を守るためにそうしたのだと思う。
吹雪の中に埋もれるのは、全身痣だらけになった裸体。
息を呑んで、凍った髪を撫でようとした。どう見ても生きているはずがない。だけど、信じることが出来なかった。信じたくはなかった。
手袋ごしに伝わる硬い感覚。それは、人肌とはかけ離れた感触だった。
私達の心を癒してくれた天使は、こうやって唐突に姿を消した。
この時に気付いたのだ。私は、この世界で決して情を持ってはいけないという掟を忘れていたことに。
ソーニャが逝って、しばらく何も手に付かなかった。酒は荒んだ心を癒してくれるどころか、永遠に治りそうにない頭痛を一層酷くするだけだった。
だけどいつまでもくじけているわけにもいかなかった。私にはあまりにも多くの女達の人生が委ねられていたからだ。
悲しみが癒えた頃に、また没落貴族の才女が売られてきた。
この娘にも、愛という偽物の価値に翻弄された自身の運命を呪う日が来るのだろうか……?
そう思うと、あの痛みが胸の奥から蘇ってきた。
「私が、守ってあげる」
彼女の両肩に手を置いて言った。
凛とした目を持つ少女は、少しだけ目を見開いていた。
「私があなたを守ってあげる。どんなことがあっても、絶対に」
Я понятия не имел, и это обещание будет 350 лет.
山手線は今日も揺れていた。夕日に照らされて、カタコトと揺れていた。
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