嫌な短編「セピア色のアイドル」
- 2018/04/11
- 07:00
いや、まあ、刑事さん。今回はもちろん初めての人殺しなわけですけどねえ、人間が死ぬ時っていうのは実にあっけないものですねえ。
刺した時、もっとグッサリとひでえ音がするもんだと思っていましたが、実際には地味なドンという音。そして、何かが押し込まれるような感覚だけ。それも手ごたえの無さ過ぎる、妙な感覚でした。
相手っていやあ、悲痛な顔をするわけでもなく、下を向いて倒れたもんだからどんな顔をして死んでいったのかもわからねえ。そんなもんなんですかねえ?
無駄口ですか。いやまあ手厳しい。
なんでやったって?
ああ、それは複雑な問題ですね。あたしでも大して分かっちゃいないんです。
ただ、順を追って話すこたあ出来ますよ。なにせあたしゃあ馬鹿なもんでね。自分で自分の行動を顧みないと動機なんて探れやしないんです。
それじゃあ昔から振り返ってみましょうか。
夏美とは中学生時代からの知り合いでした。
近所でも有名な美少女ってやつで、田舎町の中ではアイドルでしたよ。それこそ、今のアイドルにも負けず劣らずっていう、ね。
東京に比べたらシケた街だとは思っていましたが、国の自慢というか、密かに有名だったのが、女子の制服だけが妙にかわいらしかったというところですかねえ。それは有名でした。
私立校でもないのにブラウスにはフリルが付いていて、狙いすましたように紐型のリボンが結わえてあるデザインでした。今思えば、あの制服は結構なロリコンが考え付いたんじゃないかと思ってるんですがね。
それはそうとして、近所のアイドルであった夏美には誰もが夢中でした。もちろん、このあたしもね。大きな瞳につんと尖った唇。風に流れるポニーテールは通りすがった道の時間をいちいち止めたものです。彼女に見惚れて事故った車があるって聞いたことがありますが、あながち間違いでもないんじゃないですかね。
ただでさえかわいいっていうのにフリル付きのあの制服ですから、そりゃあ世の男というか、クラスの男子は大概彼女をズリネタにしてたってもんですよ。もちろん、あたしもね。
え? いや、矛盾なんかしてないですよ。
それをこれから話すんじゃねえですか。まあ、焦りなさんなって。
あたしがよく憶えているのはねえ、春のうららかな日のことですよ。とは言っても桜が舞い散るどうのこうのとか、そんなベタな話でもありゃあしません。
夏美は花粉症でしてね。
普通花粉症の人って言ったら薬を飲めばいいじゃねえかって話になるかと思うんですが、彼女の場合はアレルギーだかなんだかの理由で飲めなかったんですよね。
それでマスクをするのかと思いきや、変な美学で断じてマスクは着用しなかったんです。きっと自分の顔を隠すことが罪ってわかってたんでしょうねえ。あんだけモテてれば馬鹿でも自分の美しさに気付きますから。
意地でマスクをしない彼女はくちゅん、くちゅんとくしゃみを繰り返すんですけど、これがかわいいのなんのって。
いやあ、まあ、「かわいいは正義」を日本で正式にことわざとして登録するべきだと思いましたね。だってかわいい娘は鼻水を垂らしていたってかわいいんですから。
春風が吹いて、桜の花びらが舞い散る中、鼻からびろんと伸びた鼻水がフリル付きのブラウスに垂れていくのを見るのは、エロビデオを密かに観るよりも遥かに背徳的な魅力に満ちていましたよ。
思えば同い年のガキが鼻水を垂らしている映像になんであそこまで興奮したのかさっぱり分からねえんですが、振り返っても清純な乙女の流す鼻水はただの鼻水以上の磁力っていうか、見る者の性癖を開眼させる何かがあったんです。見た目が精液に似てたっていうのもいくらか関係あるのかもしれませんね。
そんな風にみんなが夏美に夢中になりましたが、時が経てば卒業っていうものが来るもんで、東京の女子高に進んだ彼女はあたし達にとって伝説の美少女として終わったわけですよ。ある意味、エルビス・プレスリーみたいにね。
賭けてもいいですが、ホモでもなけりゃあ卒業アルバムに映る彼女をオカズに使わないなんてこたあ無かったでしょうよ。
カメラマンも空気を読んだのか、それとも単にロリコンだったのかは知りやしませんが、夏美の写真はずいぶんときっちり撮っていたんだと思います。だから写真から彼女のあられもない姿を想像するのには大して困らねえっていうか、密かに何リットルもの子種ちゃんが浪費されたんだと思いますね。
いや、刑事さん。まだ話は終わっちゃいねえよ。あたしだってふざけてそんな話をしたんじゃねえんですから。
それからまた時が経ちましたとさ。
三十路を迎えたあたしらは結構いいオッサン、オバサンになっていて、何人かは禿げてきたところでしたよ。
大体の奴らが結婚して子供も作って、いやもうおめでとうというか、素直に祝福してやれましたよ。あたしゃあ女関係は散々だったんでね。幸せになってくれる人が身近にいるっていうのは嬉しいもんです。
とまあ妙な前置きをするのもやめましょうか。
ある日同窓会ってやつが開かれましてね。気まぐれにノスタルジイをこじらせたあたしはそこに参加しちまったんです。
正直に言うなら、あたしの目当てはひたすら夏美だけでした。他にもそういう男は結構いたんじゃないですかね。たとえ、既婚者だったとしても。
噂じゃ彼女は本物のアイドルにはならず、25歳で結婚したと聞きました。ガッカリしたといやそうでしたが、仮に彼女がフリーでも射止められた自信なんてありゃあしませんし、傷付くだけ無駄だってもんですよねえ。それでも彼女に会うのは楽しみだったんですよ。
なんだかんだ甘酸っぱい思い出の象徴みたいな女だったし、男子仲間の奴らでは彼女がどうなっているかで持ちきりでした。
それでとうとう彼女が現れました。みんな息を呑んで彼女を見ました。
でもそれは、彼女の変わらない美貌に対する羨望から来るものじゃなかったんですね。
何十年かぶりに見る彼女は肥え太っていて、目尻に小さなシワが刻まれていました。お世辞にも美少女の面影は残していなかったんですね。
あのツラじゃあ、くちゅんとくしゃみをしてもただの汚ったねえババアぐらいにしか思えないでしょう。彼女はかわいいから正義だったんであって、かわいさを奪ったらそこに正義なんかありゃあしないんです。
その時あたしゃあ思ったんですよ。
――あの美少女を、あの時のまま終わらせてあげるべきだったってことにね。
身勝手ですか?
いや、あたしゃあそうは思いませんね。
アイドルっていうのはねえ、人の心を奪う人種なんですよ。
それにはそれ相応の対価が要るんですよ。違いますか?
世間的に見たらあたしのやったことは極悪非道で決して赦せないことなんだと思います。
ですがねえ、彼女はそれ以上に赦されないことをしたんですよ。
美しいバラは、美しいまま死ぬ義務があるんですよ。
だからあたしはそれを実行したままです。
この決断に悔いなんてありゃあしませんね。
ただあるとすれば、あの少女を本当の意味では守ってあげられなかったこと。
それをそのままセピア色にしてあげられなかったこと。
ただそれだけです。
【了】
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