新作の断片
- 2017/08/11
- 02:11
今日、十四歳になった。祝う人は、いない。
この年になると誕生日って嬉しいものなのか? 世間一般の感覚はよく分からない。だけど、はっきりしていることは、僕は人生の中で絶望的な部分を現在進行形で生きているということだ。
僕は教室で一人、今日も木偶の坊みたいに虚ろな眼をしているに違いない。無法者ばかりが集まったこの学校は、誰が呼んだか九龍城というあだ名が付いていた。
今は無き香港のスラム街。それでも僕は、その二つ名が大げさだとは思わない。だってここは、本当に無法地帯だからだ。
廊下から爆音が聞こえる。どこかの不良がバイクで走っているんだろう。今廊下に出て行ったら轢かれる可能性がある。
前方の席では高山が他の生徒となにかの交渉をしている。アッパー系だのダウナー系だの聞こえてくるので、ヤバいお薬を販売しているらしいことが想像される。
右側では鳥居という女子が他の男子に「被検体にならない?」とか物騒なことを訊いているし、左は黒木が他の生徒に「ヌキ一本八千円」とかやけにリアルな数字を話している。
ああ、ヤベーよ君ら。一体何歳なんだよ。
さすがは九龍城というか、この無法地帯を普通の教師がコントロール出来るはずもなく、僕は毎日副流煙に苦しんでいる。天井は真っ黒に染まっていて、僕らの未来を象徴しているみたいだった。
そんな絶望の中、今日は新しい先生がこの学校にやって来るらしい。前の先生は黒木とのハメ撮り動画が流出して懲戒解雇。その前の先生は谷田とガチの喧嘩でKOされたきり意識不明のまま入院している。
今年だけで干支の数を超えるぐらい先生が変わった気がするけれど、どうせ次の教師もロクでもない奴に決まっている。まともな教師はこの学校に赴任しようなんて思わない。
仮にそんな人がいたら聖人だけであって、その人はこんなゴミ溜めみたいなところに来るよりも人類に貢献出来る職場を選ぶべきだ。だってここは文字通りゴミ捨て場なんだから。
「ねえ、今日しない?」
物思いに耽っていると、目の前には黒木がいた。指を三本立てている。これは三千円ということではなく、三万円という意味だろう。外見もイケてないせいか、そういう風向きが読めるようになってしまった。
「いや、いいよ」
「ったくよー、だからお前は童貞なんだよ!」
黒木は僕の顔面をひっぱたくと、忌々しそうに背を向けた。僕だって最初の相手は選びたい。こんな調子だから、このクラスで初めてを黒木に捧げた男子は多い。噂だと男子の半分は黒木に童貞を奪われたらしい。
最近だと授業中に机の下で色々とサービスをしているみたいだけど、授業中に喘ぎ声が聞こえようが、卑猥で濡れた音が鳴り響こうが、今までにそれを咎めた教師は一人もいなかった。それをすれば、谷田に何をされるか分からないから。
こんな学校でもチャイムはある。意味はないけど。
もはやバイクより影の薄くなった鐘の音が鳴る。
がたぴしと教室の扉が鳴った。どうやら新しい教師が入ろうとしているらしい。だけど引き戸には箒どころかクラスメイトが作った強力な鍵で施錠されていて、話によるとゴリラでも開けられない使用になっているらしい。お陰で顔も見ずに担当を降りた先生もいる。その人は今精神病棟にいるらしい。あっちのドアの方が開きやすかったみたいだ。
さあ、どうするのかなと見ていると、引き戸はひたすらがたぴしがたぴし唸っている。ドアの向こう側も結構頑張っているらしい。他の生徒はがたぴし音も完全空気扱いで、指差して笑うこともしなければ、特に気に留める様子も無い。
ふいにがたぴしは静かになった。今回の教師も会わぬままお別れコースらしい。
そう思っていた刹那、ふいに轟音が鳴り響き、僕らはわけも分からぬまま吹っ飛ばされた。どうも耳をやられたらしい。鼓膜にはキイイインという音が鳴り続け、音楽の聴きすぎで難聴になってしまった人みたいになっている。
周囲にはタバコ発ではない煙が立ちこめていて、これはこれで吸ったら有害っぽい。石綿が含まれていないことを切に願う。
頭がクラクラしながら見渡すと、他の生徒も瓦礫から這い出てきた。頭から血を流している奴もいる。九龍城の住人は殺気立っていた。というのも、これは対抗勢力か何かのテロ行為だと思っているからだ。さすがクズの巣窟だけあって、無闇やたらにあちこちで紛争の種を蒔く人間はたくさんいる。
みんなが身構える中、煙の向こう側には人影が見える。どうやらこいつが教室のドアを爆破したらしい。
不良達が身構える。いつでも戦闘に入れるように。いつでもこの不届き者を抹殺出来るように。
煙が薄れると、朧ながらにその姿が見えてきた。
その時の感想を素直に言うと、とうとう誰かがヤバいテロリストやら指定暴力団とのトラブルを起こしたのだと思った。それで、そいつもろとも僕らを地獄に送ろうとしているのだと。
その男はスキンヘッドに近い一ミリ坊主で、やたらと攻撃的な眼光を放ち、眉間にはX字に切り傷。アメコミの敵キャラみたいに、スーツの上からでも分かるぐらい筋肉は盛り上がっていて、全身から放つ殺気は熊とか鮫に近しいもので、敵と対峙しただけで勝負を終わらせるほどの威力を放っていた。
右手には日本刀のように怪しい光を放つ金属バット。っていうか、なんで教師が金属バットを持っているんだよ。
おそらく全員が似たようなツッコミを脳内だけで留めている間に、その反社会勢力は悠々と爆風でへこんだ上に倒れている教卓を掴むと、床に突き刺すようにして安定させた。
「俺が今日から担任だ」
入口を爆破したことについてはつゆとも触れずに、男は言った。
やべえよ。とうとう校長が僕らを殺しに来たよ。きっと今まで辞めていった先生達の怨念がこの男を呼び出したに違いない。
この年になると誕生日って嬉しいものなのか? 世間一般の感覚はよく分からない。だけど、はっきりしていることは、僕は人生の中で絶望的な部分を現在進行形で生きているということだ。
僕は教室で一人、今日も木偶の坊みたいに虚ろな眼をしているに違いない。無法者ばかりが集まったこの学校は、誰が呼んだか九龍城というあだ名が付いていた。
今は無き香港のスラム街。それでも僕は、その二つ名が大げさだとは思わない。だってここは、本当に無法地帯だからだ。
廊下から爆音が聞こえる。どこかの不良がバイクで走っているんだろう。今廊下に出て行ったら轢かれる可能性がある。
前方の席では高山が他の生徒となにかの交渉をしている。アッパー系だのダウナー系だの聞こえてくるので、ヤバいお薬を販売しているらしいことが想像される。
右側では鳥居という女子が他の男子に「被検体にならない?」とか物騒なことを訊いているし、左は黒木が他の生徒に「ヌキ一本八千円」とかやけにリアルな数字を話している。
ああ、ヤベーよ君ら。一体何歳なんだよ。
さすがは九龍城というか、この無法地帯を普通の教師がコントロール出来るはずもなく、僕は毎日副流煙に苦しんでいる。天井は真っ黒に染まっていて、僕らの未来を象徴しているみたいだった。
そんな絶望の中、今日は新しい先生がこの学校にやって来るらしい。前の先生は黒木とのハメ撮り動画が流出して懲戒解雇。その前の先生は谷田とガチの喧嘩でKOされたきり意識不明のまま入院している。
今年だけで干支の数を超えるぐらい先生が変わった気がするけれど、どうせ次の教師もロクでもない奴に決まっている。まともな教師はこの学校に赴任しようなんて思わない。
仮にそんな人がいたら聖人だけであって、その人はこんなゴミ溜めみたいなところに来るよりも人類に貢献出来る職場を選ぶべきだ。だってここは文字通りゴミ捨て場なんだから。
「ねえ、今日しない?」
物思いに耽っていると、目の前には黒木がいた。指を三本立てている。これは三千円ということではなく、三万円という意味だろう。外見もイケてないせいか、そういう風向きが読めるようになってしまった。
「いや、いいよ」
「ったくよー、だからお前は童貞なんだよ!」
黒木は僕の顔面をひっぱたくと、忌々しそうに背を向けた。僕だって最初の相手は選びたい。こんな調子だから、このクラスで初めてを黒木に捧げた男子は多い。噂だと男子の半分は黒木に童貞を奪われたらしい。
最近だと授業中に机の下で色々とサービスをしているみたいだけど、授業中に喘ぎ声が聞こえようが、卑猥で濡れた音が鳴り響こうが、今までにそれを咎めた教師は一人もいなかった。それをすれば、谷田に何をされるか分からないから。
こんな学校でもチャイムはある。意味はないけど。
もはやバイクより影の薄くなった鐘の音が鳴る。
がたぴしと教室の扉が鳴った。どうやら新しい教師が入ろうとしているらしい。だけど引き戸には箒どころかクラスメイトが作った強力な鍵で施錠されていて、話によるとゴリラでも開けられない使用になっているらしい。お陰で顔も見ずに担当を降りた先生もいる。その人は今精神病棟にいるらしい。あっちのドアの方が開きやすかったみたいだ。
さあ、どうするのかなと見ていると、引き戸はひたすらがたぴしがたぴし唸っている。ドアの向こう側も結構頑張っているらしい。他の生徒はがたぴし音も完全空気扱いで、指差して笑うこともしなければ、特に気に留める様子も無い。
ふいにがたぴしは静かになった。今回の教師も会わぬままお別れコースらしい。
そう思っていた刹那、ふいに轟音が鳴り響き、僕らはわけも分からぬまま吹っ飛ばされた。どうも耳をやられたらしい。鼓膜にはキイイインという音が鳴り続け、音楽の聴きすぎで難聴になってしまった人みたいになっている。
周囲にはタバコ発ではない煙が立ちこめていて、これはこれで吸ったら有害っぽい。石綿が含まれていないことを切に願う。
頭がクラクラしながら見渡すと、他の生徒も瓦礫から這い出てきた。頭から血を流している奴もいる。九龍城の住人は殺気立っていた。というのも、これは対抗勢力か何かのテロ行為だと思っているからだ。さすがクズの巣窟だけあって、無闇やたらにあちこちで紛争の種を蒔く人間はたくさんいる。
みんなが身構える中、煙の向こう側には人影が見える。どうやらこいつが教室のドアを爆破したらしい。
不良達が身構える。いつでも戦闘に入れるように。いつでもこの不届き者を抹殺出来るように。
煙が薄れると、朧ながらにその姿が見えてきた。
その時の感想を素直に言うと、とうとう誰かがヤバいテロリストやら指定暴力団とのトラブルを起こしたのだと思った。それで、そいつもろとも僕らを地獄に送ろうとしているのだと。
その男はスキンヘッドに近い一ミリ坊主で、やたらと攻撃的な眼光を放ち、眉間にはX字に切り傷。アメコミの敵キャラみたいに、スーツの上からでも分かるぐらい筋肉は盛り上がっていて、全身から放つ殺気は熊とか鮫に近しいもので、敵と対峙しただけで勝負を終わらせるほどの威力を放っていた。
右手には日本刀のように怪しい光を放つ金属バット。っていうか、なんで教師が金属バットを持っているんだよ。
おそらく全員が似たようなツッコミを脳内だけで留めている間に、その反社会勢力は悠々と爆風でへこんだ上に倒れている教卓を掴むと、床に突き刺すようにして安定させた。
「俺が今日から担任だ」
入口を爆破したことについてはつゆとも触れずに、男は言った。
やべえよ。とうとう校長が僕らを殺しに来たよ。きっと今まで辞めていった先生達の怨念がこの男を呼び出したに違いない。
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